東京の田舎は東京


江戸東京たてもの園の西ゾーンの一番西側に、茅葺の民家が隣接して三棟ある。
あまり時間もないので、それらを慌しく回った。

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「江戸東京たてもの園」には、さまざまな建物があるが、この田舎テイスト満点のエリアがお気に入りだ。
田舎といっても、江戸時代中期から後期にかけての民家を、三鷹や世田谷、八王子から移築したもの。
江戸は東京と名を変えたけれど、時間をさかのぼれば東京だって「田舎」だったのだ。
朱引内は満足なパーソナルスペースも保てない一千万都市だったが、根岸などは侘び住まいの別荘地であったし、渋谷も、最近は誰もが知る「ド」が付くほどの農村地帯だった。


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田山花袋の「東京近郊 一日の行楽」には、東京を東郊、西郊に分けた以下の文章がある。
西郊のくだりを書き写してみる。

 西郊は何方(どちら)かと言えば、山の興味である。丘の興味である。林の興味である。村落の興味である。武蔵野に特有なカラアである欅の並木や、雑木林や、丘陵や、そういうものを見ようと思えば、どうしても西郊である。若葉のそよぎ、緑色の動揺、林にさした日の影、あたりに人もなく風の音ばかりきこえる野、丘から丘へと上下して行く路、黄く熟した麦畑、牛の吼える声のする牛舎、天末遠く青い山の見わたされる牧牛場、古いこんもりとした社、里の子がざるで鰌をすくっている小川、濃淡の日影のように織り出している林、――そういう光景は、西郊でなければ見られない光景である。ことに、雑木林の美は最も其処にあると思う。
(現代教養文庫より抜粋)

独歩の美文には及ばないが、かつての武蔵野は、このような土地だった。
田山花袋は明治4年生まれ。
一方の独歩も、同じ明治4年に生まれている。
花袋のいうところの武蔵野はどこか。
さらに読み進むと、その地域が分かって、失笑してしまった。

 西郊では、新井の薬師、堀内、十二社などの名所がある。

何のことはない、花袋の認識では、今の中野区、杉並区、新宿区を指して武蔵野と表現しているのだ。
そうなれば、ここ小金井公園などは、もう遠隔の地でしかない。
小金井についての記述もある。

 小金井の花は、中央に多摩川上水の流れているさまが特色だ。細い折れ曲った川、昔はここを舟で下ることが出来たもので、羽村から角筈新町まで半日で下った旅行記を林鶴梁の文集に見たことがある。今はこの沿岸に、桜が沢山に植えてある。小金井ばかりではない。その下流一、二里のところにも沢山の桜が植えてある。樹は若いが、雑遝(ざっとう)しなくて好いなどと言って、好事者はよく出かけて行く。それから、井頭弁天から杜をぬけて、上水に添って、境に行く両岸にも、かなりに多い。すみれ、しどめの花、蒲公英などが土手の斜坂の青い草の中に咲いていて、一方の麦畑からは、雲雀が高く囀って上っている。いかにも気持が好い。
 境の停車場から出たところから、小金井橋あたりまで一里近くある。悉く花で、茅店村舎相望むという風で、いかにもラスチックで好い。百姓が内職に庭の栽込の一部を開いて腰掛だの、葦簀だのを張って、客を呼んでいるのも一特色である。唯、イヤなのは乞食の多いことだ。




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炭ではなく、囲炉裏には薪が燃え、これは常時のことらしい。
もちろん防虫や梁の強度を維持するためのもので、ボランティアの方が火のお世話をしている。


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煮炊きは屋内だが、風呂と厠はない。
当然外にあるべきそれらも移築されていれば興味深いのだが、わざわざ厠まで移す必要はないと考えたのだろう。
こちらも、厠を見学をするつもりはないから構わない。


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解放的な日本家屋には、得も言われぬ安らぎと郷愁がある。
常々、田舎暮らしをしたいと思っていたが、つい百年前までは、都心での「田舎暮らし」が可能だった。
もうそんな時代には戻れないと知っているからあきらめもつくが、田舎を知らない私は、代々お江戸住まいのご先祖様のDNAから、確実に「田舎暮らし」の過去が引き継がれている。
だからこそ、郷愁を感じるのだろう。


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玄米にはビタミンB1が多く含まれている。
江戸時代には、高級武士や豪商を始めとして白米を食べる習慣が広まり、脚気に罹ることが多くなった。
これを結核とともに「江戸患い」というそうだが、玄米を主食とした一汁一菜を当たり前にしていた下層民たちの方が健康的であっただろうことは、容易に想像できる。
煙りに燻された屋内も、吹き抜ける風がすべてを運び去り、夏は快適だろう。
今の時期ならば、すぐ南を流れる玉川上水からホタルが飛び、蚊帳の中からは七夕の夜空も見える、そんな空想をした。
もちろん無理な話で、見果てぬ夢を見ているだけだ。


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ここでは、やはりボランティアの方が、囲炉裏を囲んで民話や昔話をしてくれるらしい。
日にちを確認して、ぜひ耳を傾けてみたい。

最後に少しだけ脱線して、今回の記事を終わりにする。
おっぺけとすっとこに即興で作った昔話を聞かせた話題だ。
それは当然「むかしむかしあるところに」から始まる。
「あ、桃太郎だ」
「黙って聞きなさいね、じゃないとオオカミに喰われるよ」
「オオカミなんかいないもん」
「いるのっ!」
話はすべてその時の思いつきなので、まともなあらすじや結末はない。

桃太郎と金太郎が「あっちむいてホイ」で戦い、作戦勝ちした桃太郎が竜宮城の乙姫様と結婚、めでたく浦島太郎が生れた話。
ガリバーとダイダラボッチがドスンドスンと相撲を取っていると、地面が割れて地球と月に別れてしまった話。
おじいさんが竹を伐ったら、中から一寸法師と親指姫が現れてウサギとカメに乗って逃げたものの、カメに乗った一寸法師だけが捕まり、針の刀でおばあさんの裁縫の手伝いをして大金持ちになった話。
ジャックが豆を撒いたら芽が出てトウモロコシになり、それでポップコーンを発明してノーベル賞を貰った話。
雲に乗ったピノキオが下を見たら鼻が地面まで伸びてしまい、地獄からそれを見ていた赤鬼と青鬼が「クモの糸よりは丈夫だな」と天近くまで登ったものの、羽の生えたカニがどこからか飛んで来て、チョキンとピノキオの鼻を切ってしまったものだから、鬼たちは真っ逆さまに落ちてしまい、閻魔様にこっぴどく怒られて「もう鬼なんかやめちゃいなさい」と、人間にされてしまった話。
切れたピノキオの鼻は地面に突き刺さり、それが成長して東京タワーになった話。
花咲かじいさんが灰を撒いたら、風向きが悪くて灰が自分の顔にかかり、スッテンコロリと転がって穴に落ち、臼がくれたおにぎりを食べて若返った話。
晴れていたかと思うと、突然雪が降って来た「パンダの嫁入り」の話…。

とにかく話はでたらめだから、数え切れないほどのヨタ話を作って聞かせた。
どの話も、かなりの絶賛を頂戴した。


西ゾーンの話題は次回まで続き、めでたく完結する。



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