築地市場と歌舞伎座


勝鬨橋」からの続きです。

今さら豊洲移転がどうの、緑のおばさんがどうのと言っても意味のないことなので、画像だけズラリと並べて済ませます。
何か気の利いた内容でもと思っても、何も浮かびません。

※ 2008年12月6日写す

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威勢のいいのが魚河岸の人間で、昔っからの江戸っ子気質でした。
志ん生のクスグリにも、江戸っ子の本質を突いたものがありました。


このてえ(鯛)はいくらだ? え、なんでぇ、おうおうおう、たけえぞそりゃ、まけてくれぃ。

てやんでぇこんちくしょう、まけてくれとはなんだぁ、こんないいてえ、いままで跳ねてたんだ、表見ろ、こんなてえ、そんな値で売れるかい。

売らなきゃ買わねえまでだ。

てやんでぇ、おめえにゃ買えやしねえやぃ、どっか行ってとろけたようなてえでも買って来やがれ、売らねえぞ、こんちくしょうめ、おい、買わずに行く気かぁこの野郎、待てぇ、まけてやらぁ泥棒…。



と、志ん生のCDを聴いて書き起こしましたが、ここで一休みして動画を探したら、この小噺を発見。
今でも噺家さんたちが日常的に使用しているマクラやくすぐりのオンパレードです。
ブタを10年間、山の中へ放すとイノシシになるとか、ナスの大きさの噺なんぞは秀逸です、さすが志ん生師匠。




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やはり何も浮かばないので、落語のネタや小噺の類を並べて今回は終わりにしましょう。


むかしむかし、お婆さんが川へ洗濯に行ったら川上から桃や柿や梨や西瓜やメロンなんかがたくさん流れて来ました。
千疋屋のケンカでした。



これは8代目橘家圓蔵師匠が5代目月の家圓鏡を名乗っていた時期の噺と記憶しています。
さすがにプロは違いますね、素人には出ない発想でしょう。


気象庁から一ヵ月予報が出て、今春の東京の桜の開花予想は3月23日頃とか。
予報から予想が導き出されるのですね。


「長屋の花見」が好きです。
大家さんと店子の関係が良好で、何だかほのぼのとします。
それでも貧乏長屋ゆえ、お酒は番茶を煮出してさらに薄めたもの。
カマボコはダイコンの漬物、玉子焼きはタクアン、毛氈は莚。

大家さんが、さあ花見だ花見だ、と言うと、長屋の連中は、さあ夜逃げだ夜逃げだ、と茶々を入れ、こいつぁ店賃の催促に違ぇねえ、私だってあんな長屋を貸してるんだからマトモに店賃を取ろうなんて思ってないから心配無用、そうでしょうとも、こっちもキチンと払うつもりはハナからないんで大家さんも安心してください、という不思議で健全?な関係です。


どうだ、酔い心地は。

井戸に落っこったときとおんなじ心持ちだ。
じゃんじゃん注いでくれ、このところ小便の出が悪いんだ。
いい酒は小便が近くなるなあ。

カマボコをお食べ。

このカマボコは漬け過ぎだ。
カマボコの千六本の味噌汁はいい。
練馬にはカマボコの畑が多い。
カマボコおろしは胃にやさしい。

玉子焼きはどうだ。

歯が悪くって刻まなきゃ食えねえ。
尻っ尾じゃねえとこがおいしい。



で、サゲは、


大家さん、近々長屋にいいことがありますよ。

そうかい、そりゃうれしいね。

御覧なさい、酒柱が立った。



お花見の噺では他に「花見酒」もあり、先棒と後棒の二人が与太郎風味で、こちらはマルクスの資本論やベーム・バヴェルクの批判より数倍も貨幣経済がわかる名作で、「持参金」や「壺算」なども同様です。

長屋つながりで浮かぶのは、何といっても「粗忽長屋」で、筋は皆さんご存知と思うので省きますが、熊さんに、ここで死んでるこいつがお前だと語る八っつぁんの台詞には、胡散臭いドッペルゲンガーなんぞを一蹴する深い哲学が内包されているのです。
話は行き倒れの現場、雷門に到着した場面です。


いいか、しっかりしろよ。
だから俺はお前に「無精しないで毎朝顔を洗え」って言ってるだろう。
顔を洗ってりゃ鏡だって見る、そうすりゃ自分の顔がよくわかる。
俺なんざあ毎日鏡で自分の顔を見てるから、どこで俺に会ったって「あれは俺だ」とすぐわかる。
お前はそれがわからないんだ。
俺は自分がわかってお前がわかる。
両方わかる俺がお前を見て、この死骸はお前だって言うんだから間違いない。



噺のタイトルからして粗忽と決めつけてしまうのは面白味が半減する気もしますが、自分の死体を引き取りに行こうとの発想はデフォルメされた真正の江戸っ子像であり、身辺に火事や喧嘩があれば蜘蛛の子を散らすように尻に帆掛けて逃げるか、遠巻きにして安全な場所から動画を撮る程度の現代人とは違い、好奇心とバイタリティで、おう、長屋に声掛けてみんなで行ってみようじゃねえか、と現場へ尻っぱしょりで駆けつける江戸庶民の物見高さはどこまでも前向きです。


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落語の登場人物で一番の人気者は与太郎でしょう。
一人称代名詞を、私や俺ではなく、あたい、と言うのもお洒落ですね。

「道具屋」で、叔父に仕事を言いつけられた与太郎の返しが秀逸です。


道具屋かぁ、お月さま見て跳ねるんだな。

何だ?

道具屋お月さま見て跳ねる。



幼稚園児レベル対象の笑点のマンネリ駄洒落とは雲泥の差です。


おい与太、口ぃ開いてんじゃねえ、口閉めろぃ。

閉めると息ができない。

鼻でしろ。

鼻でかぁ、ああ、鼻でもできらぁ。



呼吸は無意識の行為です。
だからこそ、与太郎がただ者ではないことがわかります。


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最近は日本の総理大臣が森羅万象を担当するやに漏れ聞きますが、落語はそれらすべてを単純明快に説明してくれます。
がんもどきの裏表は裏じゃない方が表、タドンの上下は転がして止まったところで上になった方が上で下が下、海が広いのは狭いと池と間違えるから、海水が塩っぱいのは鮭がいるからと、落語は森羅万象をつかさどる知識の泉であり、どんな難問も瞬時に解決するのです。

オリンピ…、なんだそりゃあ、そんなもんとっとと辞めちまって金けえして貰え   時雨亭与太郎

バレンタ…、なんだそりゃあ、もったいぶらねぇでとっととチョコ寄越しやがれ


いよいよ支度が整ったので、これからホントにしばらく留守します。
どうしてもリプライが遅れるので申し訳なく、泣く泣くコメント欄を閉じさせて頂きます。