お前のような馬鹿は勝手にすればいい


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「23時50分です」
聴診器を当て、瞳孔を診た医師が告げた。

すぐに奥さん他数人で様々な相談事をまとめ、しかるべき人たちに連絡を入れ、未明に自宅へ連れ帰った。

布団を敷き、北枕で寝かせ、死装束に着せ替えた。

前もって決めていた業者さんだから面倒で煩わしい交渉事もなく、段取りは粛々と進む。

朝からお坊さんがいらっしゃって、枕経を上げて下さった。
浄土真宗だから、お線香は立てない。

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奥さんは心労で、別室で横になってしまった。

徹夜が続いたからやむをえない。
少しだけでも睡眠を取ってもらう。

駆けつけてくれた人たちに最期の様子を伝え、それをエンドレステープのようにぼそぼそと繰り返した。

エミたちは接待係を買って出て、茶菓子を振る舞ったりしている。

人の出入りがひと区切りつくと奥さんと手分けして役所と銀行回り。
戻るとパソコンを開き、奥さんとエミは二人で喪中はがきを作っている。

そして一晩、自宅に安置。
翌日の今夜が通夜。

昼過ぎに弔問に来られた方には申し訳ないが、しばらく残ってもらい、6人で納棺を終えた。
午後2時、セレモニーホールへ向かう車を見送る。

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急いで帰宅、着替えて会場へ向かうと、すでに通夜の準備は整っており、画像ではカットしたが、左右には多くの生花が寄せられていた。

当人は密葬を希望していたが、必ず多くの人がお別れにやって来ると思えるので、このような仕儀になった。

元々、天涯孤独に近い二人が知り合い、互いの境遇に親近感を覚えて親しくなり、結婚まで至った夫婦だから、縁戚はほとんどいない。
子供もいない。

ならば友人葬で送ろうと臨終直後に提案し、奥さんには快く納得してもらっていた。

ずっとお節介を焼かれ続けていたので、今度は一生に一度、お節介しようと、仲間たちと決めた。

死人に口なしだから、そりゃ違うだろうと恨んでも文句も言えまい。

もうひとつ、守れなかった約束事があった。

がんの宣告で余命を告げられた時、「死んで行くまでを逐一ブログにしてくれないか」と言われ、「考えておく」と生返事をしたが、ごくたまに、わかる人にはそれとなく察することが可能なようには書いていたつもり。

しかし、冷徹な視線で、がんとの付き合い方、向き合い方を余すところなく記録して欲しかったようだ。

「闘病」とは決して言わなかった。
逆に、「死ぬ時期がわかって、これほどの解放感を味わったことはない」と、まんざら嘘ではないサバサバした顔をしていた。

「羨ましいだろ」とも言われた。
そう、正直、羨ましかった。


 災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
 死ぬる時節には死ぬがよく候
 これはこれ災難をのがるる妙法にて候



良寛さんの有名な言葉が浮かぶ。
生きていること自体が災難のようなご時世だから、死んで災難から逃げたなと、また羨ましくなった。


 うちつけに死なば死なずてながらへてか ゝる憂き目を見るがわびしさ


通夜の読経が終わり、良寛さんではないお坊さんが帰られてからも、弔問の人がぽつりぽつりとやって来る。
人徳とは、他者の行動規範にも及ぶと、改めて知らされる。

上の階では大勢が飲食しているので、先ほど覗きに上がった。
旧交を温める静かな光景があちらこちらであり、「まるでお通夜だな」とつぶやいたら笑われた。

ここでも最期の様子を尋ねられた。
そして不覚にも気付いた。

後10分で日付けが変わり、友引になるはずだったのだ。


 死ぬる時節には死ぬがよく候


最期までそんなに気を遣うんじゃねえよ馬鹿野郎、延命措置も断りやがって、もう勝手にしろと胸で毒づいたら、初めて胸がつまった。

仕返しに、立派な葬式出してやるから恩に着ろよ。
エミと交替で、今夜も寝ずの線香番。

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