あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月


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高野山中興の祖として知られる華厳宗の僧、明恵(みょうえ)上人が月を讃えた歌として、現在まで人口に膾炙され親しまれている。

たった三文字の平仮名と母音の羅列、そして最後に「月」を置くことで、心魂清浄を願い、同時に照る月を愛で、親しみを抱いている心を明らかにしている。

初見で言葉にするにはややこしく困った歌で、上人のしたり顔が浮かんでくる。
もっとも、実際に謁見したことがないので想像するしかないのだが、座禅入観に徹していた合間にふと浮かんだ、素朴だが的確な月への荘厳歌である。
出典は当然ながら「明恵上人歌集」である。

 あかあかや
 あかあかあかや
 あかあかや
 あかあかあかや
 あかあかや月


最後に「月」と漢字一文字を置き、歌の安定感が定まった。
素人でも作れそうに思えるが、そんな単純なレベルの歌ではない。
赤い月と捉える意見もあるようだが、光明遍照する月への賛歌であることは事実なので、ここは素直に、あくまでも明るい月が私(世間でもよい)を照らし、なんとありがたいことか、との読みで鑑賞したい。
同時に物事の本質を見極める「観照」と解釈しても、あながち深読みではあるまい。

感動の実態は意外と単純なところに存在するのではあるまいか。
しかしこの「単純」がむずかしいと思うのだ。
座禅によって体得した境地を「単純」化させるのは、なまなかではない悟りの極致であり、鋭利な感応力の収斂作用と考えたい。

月を崇め、月を愛でる文化や慣習には、日本人が持つ特有の慰撫や安寧に触れる琴線への響きがある。
上人自身やこの歌に関しては、ググればきっと多くの人がうんちくを垂れているだろうから、私は敢えて垂らさず、この程度にして置こう。

しばし月を愛で、コンビニで買って来たみたらし団子を喰らっている。


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