食う寝る、時々温泉


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東雲を上下に割って、朝陽が昇り始めた。
初茜の曙光に染まった瑞雲というべきか。
どことなく清新な気に満ちた神聖荘厳の序幕が開くようで、いよいよ年が改まったのだなと思う。
思うだけで、虚子のように、貫く棒の如きものがないのは、日々を流されて生きているだけだからなのではと、若干の反省もある。
太陽がひと廻りして昨日の大晦日は去年となり、来し方行く末の時の流れが一晩で入れ替わる。
それが単なる一日の入れ替わりであるにしても、感慨を覚えないでもない。

誰もが言うことだが、若い頃は一年が長く、長ずれば短く感じるのは事実だ。
経験値の繰り返しの慣れによる感覚にしても、この意識は拭えない。
子供の頃は三年に一度しか正月が来なかった。
しかし今は半年に一度巡り来るような慌しさがある。

前回、一年は長かったと書いたが、そう思うのは心身の麻痺であって、頭の片隅では覚醒して現実を見据えているからだ。
今回の二泊三日の慰安にしても、すぐに過ぎ去ることは分かっていて、そのような繰り返しで一年が再び、瞬く間に走り去ることをわきまえている。
だから、無意識でいる油断の隙を突いて、人間は老いるのだ。

一番風呂に入った。
昨夜と同じように、疲労物質が体から溶け出る感覚があって、湯疲れする前に出た。
出た後は、若水ならぬポットのお湯でお茶を淹れる。
お茶を喫んでいると、無性に体が大儀になって、再び蒲団に潜り込んで二度寝を決め込む。

三十年前は徹夜も厭わなかったし、一晩寝れば疲れは解消した。
それが十五年前は翌日に疲れが出るようになり、現在は二日後に、どっと疲れが出る。
要するに、日常的な慢性疲労なのだ。
こうして新年早々、詮無い愚痴のような、後ろ向きの言葉が出る。
この一年を暗示するようで、少し情けない。
しかし、「後ろを向きながら前に進むことは出来ないんだよ」などの、いわゆるポジ言葉は嫌いで、励ましになるどころか、反発したくなる。
自分に正直になって生きれば楽ではないか。
それが本当の自分らしさではないか。


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屠蘇を頂くのは、薬酒としての延命長寿の縁起。
長く生きたいとは思わないが、湯上りの体が火照るのは血液が体内を廻っているからであって、生きている手応えの実感がある。
それでも酒は、ほどほどがよろしい。
小原庄助になってはいけない。
もっとも、身上を潰すだけの甲斐性など無いから安心していられるのだが。


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おせち料理も、お約束の延命長寿の縁起。
正月だからといって、別に、食へのこだわりはない。
朝食はこれしか出ないので、ただ食べているだけのこと。
海老の殻を剥くのが面倒だ。
正月早々、手を汚すのが少しだけ不愉快。

和洋中、すべての料理に言えるのだが、海老チリの殻付きの海老にしろ、ボンゴレのアサリの殻にしろ、食べ物の中に食べられない物が混入しているのが許せない。


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おせち料理がすべて保存食なのは百も承知。
だから口に入れる前から味の見当もついているし、満足度のレベルも期待値以上でも以下でもない。
要するに、食の感動がないということ。
かつて、師走の「伊達巻き戦争」に従軍していた友人を思い出してしまった。

炊きたてのご飯があるのだから、納豆か新鮮な玉子で白飯が食べたくなる。
それだけ、正月へのさまざまなこだわりや感慨が薄れてしまったわけだ。
結局、美味しいと感じながら食べたのは、イカ刺しとマグロの山かけだった。


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部屋で三度寝を決め込んでいたら、十時過ぎに餅搗きをやるとの館内放送があり、暇なので覗いてみた。
子供たちは珍しいのか大喜びではしゃいでいる。
親は、我が子が杵を振るう姿をデジカメに収めたくて仕方ない。
嬉々として杵を持つ子もいれば、頑固に拒否する子もいて面白い。
子供以上に、親が後々どれだけ満足するかの、必死の思い出作りに固執する光景も面白い。

私が七五三の時に、親は私に晴れ着を着させ、千歳飴の、あの長い紙袋を持たせられた写真がある。
私は不機嫌な顔をして写っている。
こんな窮屈なものを着せられ、周囲のさらし者にされているという、ある種、屈辱的な意識を覚えている。
夢中になっていたのは親のみ。
いつだってそんなものだ。


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朝食に雑煮を食べたばかり。
しかし餅搗きは二回行われ、ずいぶんお餅が搗き上がっているという。
ならばと、納豆を載せたお餅を貰い、食べた。
元日から納豆、の夢が図らずも叶えられたわけだ。
それでもまだ大量の餅が残っているらしく、半ば無理やり押し付けられた。
「お部屋でどうぞ」とラップまで用意されていて、申し訳なくも仕方なく頂戴した。
お陰で昼食を頼む手間は省けたが、炭水化物責めで胃袋がパンパンに膨れた。
腹の皮が張れば瞼が下がるも道理で、四度寝をしてしまった。
腹ごなしに何度か入浴もしたものの、結局、終日満腹のまま過ごすことになった。


まだ体もどことなくだるいし、元日からずいぶん怠惰な一年のスタートになってしまった。
これからを暗示しているようにも思えるから心許ない。
用心して生きて行かねばと、気を引き締める。

さて、今夜もまた惰眠を貪り、明日は伊豆スカイラインを北上して帰宅する。


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この記事へのコメント

明石の君
2014年04月17日 12:19
お久し振りです。
いつも楽しみに拝見しています。
おせち料理もお餅もとってもおいしそうです。
お体に十分気を付けて下さいね。
きらら
2014年04月17日 23:00
本当に美味しそうなおせちですよね。
管理人さんの食が進まないなら、代わりに食べて上げたかったデス。
お餅、喉(@_@;)に詰まらなくて良かった。。。
お大事にネ。
管理人
2014年04月19日 06:26
お気遣い恐縮です。
体は充分に労わっているつもりなのですが、歳には勝てないので、相変わらず途方に暮れております。

一時期は唾を飲み込むにも難儀しましたが、喉の痛みはやや治まり、現在はほぼ正常に戻りつつあります。

お姉さま、オバさま方も、お体を大事にしてお過ごし下さい。
mariko
2014年04月23日 10:54
>無意識でいる油断の隙を突いて、人間は老いるのだ。

今回に限らず、
どの記事を見ても必ずハッとする
含蓄ある言葉が散りばめられているので、
文章に惹き込まれます。

『中年漂流記』すごいです!!!
管理人
2014年04月23日 19:54
すごくないデス !!!

何しろ全エントリーに通底しているのは、牽強付会の詭弁だらけなので、惹き込まれぬよう充分にご用心ください。
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