Mクンの旅日記 ~宮古島二日目~


 9月4日
 5日目:宮古島

朝一番に向かったのは、東平安名岬(ひがしへんなざき)です。
とにかく景色が良い。宮古島に来たならば必ずここに来なくてはならないでしょう。
写真は平安名埼灯台です。

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この灯台の近くにマムヤの墓があります。

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説明が書いてあったのでそのまま記載します。


 マムヤの墓

マムヤはニフニリ(香草の名)の芳しい香りのする絶世の美女として伝える。
妻子ある野城按司(のぐすくあず)は、マムヤを見染めて恋仲になるが、「将来の事を思えばマムヤよりは糞尿の臭いがしても妻のほうがいい」と諭されてマムヤを見捨てる。按司の心変わりを知ったマムヤは平安名崎の断崖から身を投じる。悲観にくれた母親は再びこの村に美人が生まれないようにと神に祈願した。



と伝えています。
いつの頃からか、この巨石はマムヤの霊を弔う「マムヤの墓」として伝えています。


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『うえのドイツ文化村』??上野動物園の隣にあるテーマパークかしら?と思ってしまいますが、宮古島でドイツ村なのです。
なぜドイツ村?簡単に説明します。
明治6年、ドイツの商船ロベルトソン号が上野宮国沖合で航海中に台風に遭い座礁。
住民たちは荒れる海に小さな船で漕ぎ出し乗組員を救助。その後も1ヵ月あまり手厚く看護し、本国へ送り返した。このことに感激したドイツ皇帝ウィルヘルム1世は明治6年、村民の博愛精神を讃えるために「博愛記念碑」を建立した。
と言う訳です。

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ドイツの古城マルクスブルグ城を再現。

なんとベルリンの壁があります。無傷の壁が現存するのは52個、その内の2個がここに展示されているのです。

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西ベルリン側です。


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裏側にまわって東ベルリン側です。この壁をよじ登って亡命を試みた東ドイツの民がいたわけです。


さてまた来間大橋を渡って来間島へ向かいます。
目的地はここ『楽園の果実』

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ぐるなびにも載っているカフェです。
目的地での目的はマンゴー!
代表取締役のの砂川さんに話をお聞かせ頂くことが出来ました。
砂川さんは『楽園の花嫁』の著者としても知られる方です。
聞くと、ここのフルーツは有機栽培で作られているとのこと。
特に有機栽培のマンゴーはここと宮崎の一部しかないと聞く。
毎年台風と闘いながら無農薬栽培を行っているそうです。

このお店の前に来間島唯一の郵便ポストが立っているのですよ。

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宮古空港へ到着

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「タンディガ~タンディ」
(*_*)
「ありがとうございます」と書いてある。「また来てね♪」みたいなもんだろうな・・・

ところで石垣島と宮古島の地形がまったく違ったのは驚いた。
宮古島は大きな山がないので、海風が中心部まで吹いてくる。
観光シーズンなのか若い旅行者が目立った。若い旅行者で夜の居酒屋は毎日満席でありました。
今回の久松五勇士の足跡を回るツアーは無事終了。若い旅行者もダイビングだけでなく、五勇士の碑でも見てもらいたいと思います。

さて、5日間の日程も終了。明日から通常通りの仕事であります。


 続きません、これにて終わりです。
 ご静読、ありがとうございました。


【 写真 文章 Mクン 】


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この記事へのコメント

管理人
2011年09月24日 00:05
マムヤの伝説は初めて知りました。
浮気者の野城按司のせいで、宮古島には美女がいないのでしょうか。
だとしたら、野城という奴はとんでもない男です。
名前からして女性にだらしなさそうだもんなあ。
(ーー゛)
ぜひ、こまわりくんに「死刑!」をやって貰いたい。

ドイツとの関係も勉強になりました。
記事を書いてくれて、タンディガ~タンディ。
(^^♪
エミ
2011年09月24日 13:50
私はいい名前だと思います。
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