アツサノナツハオロオロアルキ


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脳味噌が溶けるような残暑に気を失いかけながら、都内の移動が続いた。
数年前から、「観測史上最高」という表現を盛んに聞く。
異常な酷暑に痛めつけられ、年々、日本中が溶けていくような気がする。

友人が「風の盆」の見物に出掛けている。
一年前から宿を確保し、楽しみにしていた旅行だ。
私も20年ほど前までは「風の盆」にあこがれていたけれど、観光客が増えすぎて、本来の風情は群衆の熱気にかき消されているようだ。
静かに踊り明かす。
それは大騒ぎして盛り上がる多くのお祭りとは違い、本来はとても密やかで忍びやかな、琴線に触れるお祭りなのだろう。
もっとも、騒がしく賑やかなお祭りの中にいても、そのお祭り本来の意味を考える時、言葉では表現できない寂寥感に見舞われることがあるから、一概には言えない。
ねぶたや竿灯は知らないけれど、これもお祭りの中心にいたとしても、やはり寂寥感は訪れるような気がする。
お神輿を担いで、祭りだワッショイとは違う、旅愁をともなう風情というものがあるに違いない。
いずれにせよ、桜の銘木と同様、死ぬまでに一度は見たいお祭りはたくさんある。

友人は、「風の盆」を見物した後、能登半島を一周する予定だという。
八月はどこも混雑していたから、夏休みをずらしての旅は、賢明な選択だ。
私の周囲の友人たちは、みんな同じで、この時期に遅い夏休みを取る。
旅先からの便りばかり届くから、こちらも激しく旅心を刺激される。
東京で、単調な日々を繰り返していると、尚更だ。
海でもいい、山でもいい、とにかく涼しい土地に避難して、心と体をゆっくり休めたい。

能登の海はまだきれいなままだろうか。
北陸や能登半島は、20代に三度訪れた。
そして30代にもう一度。
記憶は歳とともに薄れていくけれど、新たな旅で、その記憶の抜けた部分を埋める作業も面白そうだ。




  能登の夏



     能 登 の 夏


今日の僕の旅の重さは 君にも分からないだろう
たかが二ヶ月そこいらの 愛の暮しに退屈して
   もう何を聞いても 言葉はいま 信じられないもの
   「煩わしいことに目を閉じる」のは 君の口ぐせ


もういいんだよ わがままな僕に気を遣うことなんて
君を愛している時が 一番寂しいと言ったのは
   いつもの他愛のない 僕の気まぐれだったんだし
   安っぽいなぐさめも 君をとまどわせるばかり


僕は一人で 駅前の店の 窓際に腰掛けて
観光案内ペラペラめくり アイスミルクでひと休み
   たった一日で とても 肌が黒く焼け
   君が見たら 痩せている僕を見直すかも知れない




何度目かの時には、ナルシスティックなこんなつまらない歌を作っていた。
恋をすると、この恋こそが絶対永遠に続くものだと考えていたから、5年間の付き合いの中で、もうそろそろ終わりかなとの予感に、自分で驚いていた。
一人でふらりと北陸に出掛け、まず、富山駅前で「鱒寿司」を買って、そのまま駅近くの喫茶店に入った。
何を考え、これからをどう生きようか悩んでいたはずなのに、一切が記憶から抜け落ちている。
ただ思い出すのは、喫茶店で時間調整をしていると、目の前を鈍重そうな市電が、ガタゴト通り過ぎたことくらいか。
彼女とは、抱きしめても抱きしめても、埋め切れない寂しさ、孤独感だけが記憶にある。
その記憶も、半年後に新しい恋と出会い、すべてがどうでもいいことに思えるようになった。
若い時は、ささいなことで別れることもある。
それが若さの若さたる所以だと割り切ることも可能だし、未来が拓けていると信じていたから、この旅で踏ん切りをつけたのだろう。

長い人生でいくつもの恋をした。
振ったり振られたりを繰り返し、その都度、新しい恋で古い恋を封じ込めた。
閉じ込めた恋は、次第に色あせ、心の奥深くに沈殿し、滅多なことでは浮かび上がることはない。
思い出さなければ記憶も薄れ、やがて消えて行く運命にある。
じゃないと、心だけが膨脹して破裂することになる。
一部の例外はあるが、時間と記憶は、比例しながら光年のかなたのものになる。
だから、ヘラヘラと愛想笑いをしながら、気楽に生きていられるのだろう。
これは仕方なく身に付いた処世術であって、決して笑いたいわけではない。


ガリガリに痩せていた当時から、今は10キロ増加して、すっかり中年おじさん化している。
ところがこれが現在のベスト体重で、減っても増えても体調が維持できない。
暑い暑いとぼやいても仕方のないことで、まだしばらくこの状態が続くようであれば、どこかへ緊急避難しなければ、日常が成り立たなくなる。
どこが涼しいのだろう、どの土地が私を解放してくれるのだろう。
さあ、どうしようと、さまざまな場所を思い描きながら、今日も残暑の東京でうごめくことになりそうだ。


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この記事へのコメント

2010年09月03日 12:22
私も、北陸、能登半島に3回行った事があります。

一度目は17、8の頃に、東京から金沢まで、
夜行電車で行った事があります。
電車の名前を忘れてしまったのですが、
お決まりの観光巡りをして、
どうしても城端線に乗りたくて、
電車を乗り継ぎ城端駅で降り、
一日数本のバスに乗り、
越中五箇山のユースホステルに泊まって、
次の日、バスに乗り、郡上八幡へ行きました。

20代前半に、二度行きました。
能登半島も、ツーリングで一度行きました。
バイクでは、走り回っただけです。

もう一回は、能登半島に、富来という所があって、
何かの本に、桜貝が拾える所は、
日本に数ヶ所しかなく、富来はその中の一つ…と、
書いてあったのですが、海が汚れてしまって、
少なくなっていて、冬しか拾えませんと書いてありました。

波の荒い真冬に、海草にくっついて、
砂浜に打ち寄せられるそうなんですね。
私、桜貝が無くなっちゃうかも知れないんだ…
拾いに行かなくちゃ!!と、思ってしまって、
2月の波の花舞う厳冬の日本海に、桜貝を拾いに行ったンです。

砂浜で、桜貝を拾っていたのは、私しかいなかったので、
あー良かった、せっかく来たのに、拾っている人が、
たくさんいたら、無くなっちゃうかも?と思って心配していたので、
ほっとしました。
今でも持っていて、宝物なんですけど、
午前中いっぱい拾って、20個は拾ったでしょうか?

でも、旅館に着いたら、ビンに入って、
お土産用に売っていたんですね。
形が揃っていて、制服着てるみたいで…。
釈然としない、複雑な心境でした。
でも、買ってしまいました。
私が拾ったものは、桜色のもあったのですが、
白っぽいもの、紫っぽいもの、形も様々で…。
今では懐かしい思い出です。
管理人
2010年09月03日 22:48
富来は、確か能登金剛の増穂浦海岸ですよね。
訪れたのは11月でしたが、私も拾いました。
プレゼントしたり引っ越しを繰り返すうちに、すべて紛失してしまいましたが…。
(T_T)/~~~
リベンジするにも、この歳になると暑さも寒さも駄目で困ります。
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