旅情を刺激してくれる人


下北半島を旅行中のMクンから着信がありました。
恐山にいるようです。
気温は23度とか。
東京の猛暑に息も絶え絶えで、今夏の体力をすでに使い切ってしまった感のある私には羨ましい限りです。

秋に登場する「いたこ」さんがいたそうで、夏休みのこの時期は、彼女たちも稼ぎ時なのでしょう。
以前、こんな話を聞いたことがあります。
亡くなったお相撲さん(東京出身)を呼び出して貰ったところ、そのお相撲さんは簡単に現れ、「いたこ」さんに憑依したそうですが、
「わしが、○○でごわす」
と、「いたこ」さんの口を借りてしゃべったそうです。
死後のことは分かりません。
でも、「口寄せ」はエンターテイメントと捉えれば、納得です。
信じる人もいるでしょう。
それで救われる人がいるならば、私がとやかく言うべきことではありません。


画像

           (撮影 Mクン)

Mクンが送ってくれた写真を眺めているうちに、私の過去への感傷旅行が始まってしまいました。
もう、かなり昔のことです。
ある女性と、一週間かけて、車で初秋の東北を一周しました。
山形の山寺から始まり、尾花沢、角館、田沢湖、乳頭温泉、十和田湖、青森、恐山、大間、八戸、三陸、遠野、平泉などを回って戻りました。
その時の日記があり、恐山を訪ねた記述を抜粋してみます。
読み返すと、気取った文章が恥ずかしいのですが、そんなことも含めて、珠玉の思い出です。
(人物の名前はすべて仮名にしました)


 田名部を過ぎて恐山に着いたのは、青森を出て二時間半後だった。
 駐車場に車を入れて歩きはじめると、そこはすでに荒涼とした世界だった。真知子が僕の腕にしがみついた。
 山門をくぐり、本殿の裏手に回り込めば、硫黄の臭気が鼻を刺し、風化した地面からは、ふつふつとガスが湧き出している。
 文字通り死の世界と化した賽の河原を、ただ声もなく行く。積み上げられた石の周辺には色とりどりの風車が無数に回り、時折、吹き過ぎる風に、いっせいに羽根を回して震えている。石の地蔵の頭に止まったカラスが、侘しげな声を上げた。
 血の池地獄をはじめとするいくつかの地獄を巡り、エメラルド色に静まり返った宇曽利湖に出る。
 湖岸の白砂の上を行けば、無常観に染まった身体に、澱のような静寂がまとわりつく。彼岸に歩み去った人たちがたどり着くのは、こんなにも寂寥の風が渡る地だったのだ。同じ山岳信仰でも、山形の山寺には、厳しさの中に生の尊さを感じさせる希望のような明るさがあった。それは修験の場であり、修験者たちが衆生を導くための研鑽の聖域であるからだろう。だがこの恐山の印象は違った。ここには何もないのだ。死を視つめること以外には何ものも存在し得ないのだ。もしここに何ものかが存在するとしたら、それはおそらく「無」、ただこのひとつだけだった。現世でこれほど死が身近な場所を、僕は知らない。けれど、死を身近に感じるということは、死に対して親近感を抱くということとは本質的な部分で明らかに違う。死は、生者の誰一人として立ち入ることのできない崇高な場所だ。生まれ落ちた時から、すべての生は死を逃れられない。その宿業の中で生は流れて行く。ならば死にたどり着くその瞬間までの生は、何を頼りにその生を全うすればいいのか。その答えを手探りしながら、死と隣り合わせの生は流れて行く。
 真知子が、僕にしがみつく腕に、いっそうの力を込めた。



読み返すと、いったい何を言いたいのか分からないのですが、未熟な考察と文章に、「若気の至り」が現れています。


この旅行から戻り、曲を作りました。
音源は残っていませんが、二人の書いた詩が数編だけ見つかりました。
先ずは私の詩から。
旅の後半に中尊寺を拝観し、北上川の畔を歩き、そしてその晩に泊った厳美渓の宿でのことです。



         真 知 子 の 秋


  暮れ残る日溜まりを選んで歩く みちのくの早い秋
  ぼくの長い影を踏んで 君のやわらかな顔が夕日に輝く
  北へ向かう鉄路 尾花の原を貨物列車が行く

  人を愛することなど もう死ぬまでないと思っていた
  だからこうして ぎこちなさが漂う旅の日
  君を抱き寄せ 北上川のほとりにたたずむひととき

    美しい人の 美しい心に触れて
    ぼくまでが素直になってゆく不思議
    君のために もう一度 人生をやり直そうと決めた

  「こんなに幸せでいいのかしら」 不安げな君
  そんなこと言わないでくれ ぼくまでが不安におののく
  キスで君の口をふさぐ コスモス咲き乱れる畑中の道

    「君を愛した誰よりも 君を愛してる」
    「あなたを愛した誰よりも あなたを愛してる」
    身を焦がし 神賭けて誓う夜の抱擁

  黄金花咲くみちのくの 風吹き渡る平泉の秋
  月の下 旅の宿に震える胸を開き
  初めて迎える二人の秋 ぼくと真知子の秋




一方で、彼女も同じような詩を書いていました。



         旅 の 夜 に


  君と湯上りの浴衣掛け 萩のこぼれる月の庭
  少しのお酒にほろり酔って 胸のときめきを聞いている
  僕の命を預けたい

  三下がりの三味の音が 風に乗りどこからか
  もう少し早く知り合えたなら 僕一人の君に出来たのに
  いとしさが募るばかり

  秋の虫たちがすだく中 ひとつの夢を分かち合う
  言葉にすれば頼りないけど 死ぬまで君を離さない
  君のうなじは僕のもの

  君のくちびるは僕のもの 君の乳房も僕一人のもの
  一人で生きる寂しさなんて 流れて消えて行け
  蹲に揺れる月

  君を愛した誰よりも 心から愛している
  寂しい時も迷わぬように 僕を見つめていなさい
  つらい過去は滅びるがいい

  酔い醒めて君を抱けば 幽けき声の寝物語
  長い夜もひとつでありたい そんな想いに満ちている
  身にまとうのは恋衣

  仲秋の旅の夜に 深い契の薄明かり
  触れ合えば今 時は哀しみを越える
  君の未来は僕一人のもの





顔から火が自然発火しそうな、互いの赤面の詩ですが、恋にのめり込むと、このようなことも起こってしまうのが男女の仲なんですね。
というのも、私の身勝手で、この恋は成就しませんでした。
また、彼女もこの時から年を経て、三十代後半に、乳癌で他界します。
そして更に、これでもかと、つらく悲しい現実も神様は用意していました。
詫びても泣いても叫んでも、過去は決して取り返せません。
人生において、失敗や挫折は必ず成長の糧になると言います。
やり直せない人生などはないと言います。
でも、この失敗は二度と取り戻せないものです。
格言や名言の「言葉遊び」には、確かに、なるほどと感心するものもありますが、言葉では癒されない体験も、世の中にはたくさん存在するのだと思います。

こうしてマイナスのことばかりを書き連ねても仕方のないことですが、世間には建て前やきれいごとが氾濫し過ぎています。
言葉で救われるなら、この国の自殺者は年間に三万五千人も出ないでしょう。
新聞やテレビなどのメディアは、声を揃えて消費税増税の必要性だけを強調しますが、法人税率を下げて欲しいから、消費税率アップだけの論陣を張ってプロパガンダに走ります。
増税や法人税減税に無条件で反対するつもりはありませんが、本音を示さない限り、私は報道の中立性など信用しません。
もちろん、その前提として、政治が信用できないのは残念なことです。
だから、というわけでもないのですが、私が本音を言います。


政府や国交省よ、都心に緑を増やして、ヒートアイランド現象を食い止めなさい!


相変わらず労働力排除のオートメ化が進み、人口の減少も止まりません。
それなのに、いまだに高層ビルばかりが乱立し、大都市への一極集中が続きます。
人口が減るわけですから、どう考えても、そう遠くない将来には、それらは無用の長物になるのです。
いっそすべてを破壊し、近代以前の、緑豊かな国土に戻らないものでしょうか。

幼い頃は、クーラーなどありませんでした。
確かに夏は暑かったのですが、最近の暑さとは、明らかに質が違います。
「外は熱いから、帽子をかぶって行きなさいよ」
それで世間の親たちは安心していました。
ところが今は、そうはいかないですね。
何かがおかしいぞ、と思うのです。

鬱蒼とした森。
例えばそれは現在の明治神宮のような、自然淘汰や樹木更新のサイクルに人が介入しない世界が広がれば理想的です。
通信技術が更に発達すれば、一極集中の意味や意義も薄れて来ます。
そうすれば、都会で暮らす必要もなくなって来るでしょう。
人が集中するから、些細なことで軋轢が生じるのだし、人間関係も複雑になるのです。
そのストレスが蓄積され、さまざまな形で暴発します。
またそこに付け込む、リラクゼーションなんとかなどの、ストレス解消ビジネスが生まれ、都会は益々複雑怪奇な街になり下がるのです。
都会に、もう人は要りません。

新幹線が新たに開業すると、在来線が赤字になり、その地域が衰退することは誰もが知っています。
リニアが出来たら、新幹線はどうなるのでしょう。
在来線はどうなるのでしょう。
シャッター通りが増えるばかりで、地方は今まで以上に寂れるしかないですね。
みんな、地元に戻るつもりはないのでしょうか。
地元が衰退しても構わないのでしょうか。
生まれ育った場所を大切にして、どんどん町興しをしましょうよ。
私は根っからの東京人なので、やがて「地方」のひとつになった静かな東京で、のんびり暮らしたいのです。
それが出来ないから、自然が豊富な場所での「田舎暮らし」に、わしは憧れてしまうのでごわす。


話が変質してしまいました。
どうまとめたらいいのか分からなくなったので、今日はこれで終わります。
涼しいところへ旅行している人や、爽やかな高原をツーリングしている方のお話だけが、このところの私の、一服の清涼剤で、心から癒され助けられています。


皆さん、色々と工夫して、この夏を乗り切りましょう。


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