津南町祭禮


所用で町へ下りたれば国道117号線大渋滞。
本官多数辻々に立ち強引なる規制を敷く。
近くの本官に詰問すれば祭禮による通行規制の由。
やがて山車と神輿現るも、見れば女神輿也。
片肌脱ぎの担ぎ手は三十年乃至四十年もいにしえの乙女たち。
非礼は承知なれど極力視界に入れぬよう努めて迂回。
よって神社を写す。

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十代の頃は同年代の女の子に惹かれた。
二十代の頃はやはり同じ二十代の女性に惹かれた。
三十代になると当然の如く三十代女性が魅力的だった。
すると百歳になると百歳の老婆に惹かれるのか。
恐ろしいことだ。

長生きはしたくない…。

ある時、女性独りの予約が入った。
たぶん苗場山登山の中年の方だろう。
バス利用だったので、和山バス停まで迎えに出た。
バスが到着して数人が下車したが、中年の女性登山者などいない。
すると、宿の車を見て一人の若い女性が歩み寄って来た。
『仁成館さんですね?』
『え、あ、はい』
先入観とは恐ろしいもので、視界の隅には捉えていたが、まさか予約の方とは露ほども思わなかった。
宿へお連れして、記入してもらった宿帳を見ると二十代後半だ。
年齢記入欄があるので、ごく自然に書いてくれたが、中には、
(ちょっとあなたねえ、いくらなんでもそれはあんまりでしょう)
と突っ込みたくなる大胆な年齢詐称や、「?」と書く女性もいらっしゃる。
まあ、気持ちは判らぬでもないのでそのままにしておく。
宿帳記入の基本は、住所、氏名、電話番号だ。
これは法令で決まっている。
万が一、食中毒や伝染病などが発生した場合の、保健所の追跡調査のためである。
ちなみに、出した料理も「検食」といって、衛生管理上、一定期間の保存が義務付けられている。
違反すると30日未満の拘留か、1万円未満の科料が待っている。

秘境と喧伝される地域なので、中には明らかにお忍びと判るカップルも来る。
(ちょっとあなたたちねえ、ホントの名前と住所書きなさいよお)
言いたいが、これも仕方ないのでそのままにしておく。
法令違反だし、絶対にいけないのだが、
『お忍びでしょ、判ってるんだからね』
とは口が裂けても言わないし、おくびにも出さない。
ただ、判っていても確かめようはないのだが…。
見分けるには勘が必要だが、これは女将に教えてもらった。

『あの二人は不倫ね』
言われてそれとなく観察していると判って来る。
確かに多くのお客さんを迎えているうちに、夫婦か、恋人同士か、不倫か、自然と判るものだ。
食堂での食事も、なるべく隅の方に席を用意する。
一応、周りから目立たぬよう、宿としては気を配るのである。
案の定、そそくさと食事を済ませるとすぐに立ち上がって姿を消す。

以前、電話を取ると、
『今日そちらに○○が泊まっているはずなので、電話に出して下さい』
尖った声の女性からだった。
明らかに不倫と判るカップルは一組いるが、○○という宿泊客はいないので、
『今日わたくしどもの宿には、そのようなお名前の方はお泊りではありません』
『そんなはずはありません、出して下さいっ』
『ですからそのようなお客…』
ガチャン、ツーツーツー。
今にも乗り込んで来そうな勢いだった。
これは深夜に修羅場を見ることになるかも知れない。
こちらはいいとばっちりである。
結局何事も起こらずに平穏な朝を迎えたが、なるほど考えれば秘境秋山郷だけあって、おいそれと簡単に来られる場所ではない。
不倫旅行はバレたにしても、寝込みを襲われるような安易な地域は選ばなかったということか。

話が脱線した…。

一人でやって来た二十代後半の女性は物静かな人だった。
かつて日本全国、ほとんどの宿は女性一人の宿泊を敬遠する傾向にあった。
失意の失恋傷心旅行、そして自殺。
そんなケースが多かった。
宿にとっては迷惑な話だ。
噂が噂を呼び、客足はガタ落ちする。
それでも時代と共に恋愛のセオリーや感覚も徐々に移ろい、昨今はめっきりその手の話も聞かなくなった。
宿泊業も、団体旅行中心の時代から、個人や小家族を積極的に受け入れる方向へシフトが進んでいる。
喜ばしいことだ。

ここで怖~い話をする。

別の時に、やはり不倫と思われるカップルが泊まった。
二人とも、到着からずっと暗かった。
夕食、そして朝食もほとんど手付かずだった。
そして早々と部屋へ引き上げた。
こちらは大して気にも留めず、帰るお客さんが集中したりでそのまま二人の存在を忘れてしまっていた。
昼近くになって部屋の掃除に取り掛かろうと、帳場に入り各部屋の鍵をチェックした。
鍵が戻っていればお客さんはチェックアウトしたのだと判る。
ところが例の不倫カップルの部屋の鍵だけがまだ戻っていない。
たまにだが、部屋に鍵を置いたまま精算して退館する人もいるので、厨房にいる女将に確認してみる。
『まだ精算済んでないよ。いま手が離せないからちょっと部屋を見て来て』
なにっ! オレが?
まだ部屋にいるということだ。
(とにかく二人ともずっと暗かったもんなあ、なんかイヤだなあ)
様々なケースを想像しながら階段を上る。
ドアの前で気配を窺う。
シーンと物音ひとつ聞こえない。
声を掛け、ノックしてみる。
反応なし。
『失礼しま~す、入りますよ~』
思い切ってドアノブを回してみる。
ロックされてる…。
うわあ、これってマズイんじゃない。
頭の中で、瞬時に最悪のシナリオが組み上がった。
まず警察が来る。
秋山郷には警察がないので到着には二時間はかかるだろう。
現場をしっかり保存しておかなければならない。
次にマスコミが来る。
新聞、テレビ、ラジオ、週刊誌、野次馬、後は何が来るだろう。
ワイドショーの格好の餌食になってしまうだろう。
キャンセルが相次ぐだろう。
この部屋はもう使えなくなってしまうだろう。
いや、部屋どころか、お客さん自体がまったく来なくなってしまうだろう。
これは仁成館存亡の危機だ
(落ち着け、とにかく落ち着け!)
自分に言い聞かせる。
でも結局は合鍵を持って来て部屋を見るしかない。
マスターキーを取りに戻ろうと階段を下りかけた。
そこで、風呂上りの浴衣姿の二人と出くわした。
安堵と何かがごちゃ交ぜになって、その場にへたり込みそうになった。
のんきに混浴してたのかよっ
二人は何事もなく30分後に帰って行った。
怖い話ではなかった…。

また別のある時、
『あの人、要注意ね』
女将が囁いた。
男性の一人客だった。
言われてみればこちらとの会話も避けているようだし、何より雰囲気が非常に暗い。
マイナスオーラが出まくっている感じである。
就寝中はともかく、常にそれとなく動向に注意を払っていた。
結局この人は、何の問題もなく一泊して暗い雰囲気を周囲に撒き散らしたまま宿を去った。
杞憂で良かった。
何も起こらないことが一番だ。
見ず知らずの赤の他人を泊めるとは、これほど神経を遣うことなのだ。

ある事をまた思い出した。
起承転結など考えず、まったくのノープランでPCに向かっているので、再び脱線することをお許し願いたい。

この年は秋山郷で三件の自殺があった。
一人は某施設の敷地内。
もう一人は国道脇。
二人は車内で発見された。
あと一人は林道から十数メートル入った藪の中だった。
個々にそれなりの事情はあるのだろうが、地元の迷惑も考えて欲しいものである。

自殺ではないが、ネマガリダケを採りに入った男性が行方不明になり、捜索の結果、十日後に残念な姿で発見されたこともあった。

今度こそ話は二十代女性に戻る。
もう脱線はしない。

夕食の時間、私は早々と賄いを済ませて所在なくストーブの前にいた。
そこへ食事を終えた彼女が通りかかった。
『秋山郷って素敵で良いところですね』
ストーブを挟んで彼女が腰掛けた。
『初めてなんですね。ずいぶん遠かったでしょう』
彼女の暮らす地域からだと丸一日はかかったはずだ。
『5年前からずっと来たいと思っていました』
『仁成館へ?』
『秋山郷です』
『なーんだ』
『いえ、いろいろ調べて一番良い宿だからここに決めました。お料理もお風呂も大満足です』
『光栄だな。それは良かった。途中の景色も良かったでしょう』
『バスの窓に顔をくっつけて、ずっと外を見てました』
訊かれるまま15分ほど秋山郷の魅力を語ったが、その夜はこれで終わった。

翌朝、町へ出る用事があったので、彼女を乗せて山を下った。
バスのルートでは判らない秋山郷の魅力をもっと見せてあげようと、切明から秋山林道、そして妙法牧場経由で津南へ出た。
その道すがら、彼女がどうしても秋山郷へ来たかった訳を教えてくれた。
『実は以前に付き合ってた彼氏が、秋山郷は良いところだよ、って言ってたんです』
男の私には今ひとつ理解し切れない部分もあるが、そんな動機を新鮮に感じた。
秋山郷は、彼女をどのようにもてなしたのだろう。
もう訪れることのない土地かも知れないが、別れ際にその答えを見た。
彼女は屈託のない爽やかな笑顔だった。



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この記事へのコメント

きらら
2007年08月30日 10:27
また楽しくて興味深いお話をありがとうございました。
でも私は怖かったです。
ドキドキしながら拝見しました。
彼女も素敵な思い出が出来たようですね。
ほっこり
2018年07月12日 12:34
どの記事を拝見しても最高に面白いです!
私もいずれ寡婦になって百歳を迎えたら、
百歳のお爺さんと結ばれて秋山郷に行きまーす。
(年下の男の子だって八十歳オーバーですね、笑)

時雨亭さんにはお若い奥様がいらっしゃって、
こんな楽しい話題にも事欠かないでしょうし、
本当に羨ましいな。(*^^)v
長生きしなくちゃ。。。♪
時雨亭
2018年07月12日 18:37
外から実態や真実が見えないのが夫婦でしょう。
先日二人で料理番組を観ていたら、素人さんが苦労しながらダイコンだかカブだかに飾り包丁を入れ、菊のような細工をしていました。
「これだけ時間かけても、食べるのは一瞬だね」と感想を述べたら、「飾り包丁なんだから当たり前でしょっ!」と返され、私の蚤の心臓が凍り付きました。こんな繰り返しを幾度も重ねると、さすがに話題を作ったり会話を盛り上げようなどの危険行為は極力避けるようになります。
年下の妻と言うだけで世間からは羨ましがられますが、どうも年下の女性は不向きだったようです。ってもう遅いか…。

百歳の未亡人は百歳のヤモメじじいには魅力的に映るかも知れませんね。でも秋山郷は超高齢化で消滅している可能性があります。ぜひ長生きして合算二百歳でハネムーンに出掛けてくださ~い。(*^。^*)
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