テーマ:登山

アンザイレン

頭上から「落!」の声あり岩壁に  貼り付くアンザイレンのコンティニアスで  時雨亭 広報熟読投票す  武器より強き第9条 君の過去に入り込み  記憶を上書きして一生終えたし 忘れもの取りに戻れば昭和まで  社会へはばたく乗車券は50年の昔日にあり キャッシュレスに対…
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十三の夏

町の子の山へのあこがれ溢れ出て  丹沢通い初めし十三の夏かな   時雨亭
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山の日

この時期、民族大移動で東京はやや快適になった。 それでも適正人口はまだ過剰だから、皆さん、もっともっと故郷を目指して東京から離れましょうね、とつぶやいたりしている。 それでも居残る人はいるようで、そんな人は自宅でまったりして帰省ラッシュのニュースでも観て笑いましょう。 個人商店も盆休みの張り紙を出している場合が多いけれど、…
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酉谷山登山

1996年6月15日(土曜日) しばらくの間、休みが取れなかったので、山への想いが高まり、ストレスも溜まっていた。 それに前回(参照)果たせなかった酉谷山への意趣返しもある。 何としてでも登らねばならぬ。 山から離れていたこの三ヶ月に、2キロも体重が増えてしまったことも情けない。 山の空気を思いっきり吸い、いい汗を…
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酉谷山登山 (未登)

1996年3月20日(水曜日) スタートから躓いた。 家を出たのが午前4時過ぎ。 古里のコンビニで食糧を調達するつもりがまだ開いておらず、どうしようかと思案しながら進む。 たしか、もう街道沿いに終夜営業の店はなかったはずだが、奥多摩の駅前ならば何とかなると思った。 始発電車の時刻が近いので、当然、店の一軒くらいは開いて…
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金峰山登山

1995年10月21日 (土曜日)  午前三時、自宅を出発。走り始めてすぐにコンビニでおにぎりとパンを買い、深夜の青梅街道を下る。柳沢峠を経由、空には吐き気を感じるほどの星、また星。  塩山から牧丘へ。いつもの恵林寺近くのファミリーマートは寄らずに、そのまま大弛峠を目指す。塩平の辺りでそろそろ明るくなり、焼山峠から少し下…
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大菩薩峠登山

1996年8月1日 (木曜日) 車を飛ばし、午前5時20分、上日川峠に到着。 まず驚いたのは長兵衛山荘の変貌ぶりだった。 記憶では古い峠の好もしい小屋だったが、赤い屋根のペンション風の建物に変わっている。 若い女の子なら喜びそうだが、我々中年オヤジ族には少々恥ずかしい外観だ。 名前も「ロッヂ長兵衛」と変わっている。 …
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乾徳山登山

1996年7月31日 (水曜日)  徳和の集落を抜け、林道が徳和川の左岸から右へカーブするわずかなスペースに車を停める。青梅街道を下り、ここまでのアプローチが自宅から100キロ弱。おいらん渕近くでは野生の猿がガードレールに腰かけ、こちらの通過を見送っていた。  天気はぐずつき気味で、柳沢峠からは深い霧に包まれて甲府盆地へと駆…
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これで青春は終わったと思ったが

「人間、死ぬまで青春」とはよく聞く言葉だが、とっくに青春は終わっていて、この歳になると、そんなこと自体考えたこともなかった。 今回の大震災で、独り暮らしのお婆さん宅の食器戸棚が倒れ、食器やグラスのほとんどが割れて散乱した。 翌日になって片付けのお手伝いに行き、戸棚を直すことから始めたものの、破片を集めると、かなりの量にな…
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唐松尾山登山

    唐 松 尾 山   1995年12月6日 (水曜日)  前回と同じ中島川口の登山道入口に着いたのが午前五時少し前。まだ辺りは深い闇の中で、見上げれば満天の星と、時折疾る流星が今日の晴天を約束してくれているようだ。流星は突然あらぬ方角から現れ、そして一瞬に消滅してしまうので、あわてて「読み書き算盤!」と叫んでも、…
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夏の日の思ひ出 白馬岳登山

おやぢと白馬岳に行きました。 出発前に、猿倉山荘をバックに写真を撮ります。 撮ってやるからと、嫌がる私を撮りやがります。 私、ふてくされます。 とにかく出発です。 一般大衆も、続々と入山して来ます。 早々と、どこかの大学の山岳部に抜かれます。 山岳部の合宿といえば、定番のキスリングで…
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国師岳・北奥千丈岳登山

   国師岳・北奥千丈岳登山  1995年11月11日 (土曜日)  寝坊をしてしまい、自宅を出たのが午前四時。七時頃までに大弛に入っていないと駐車スペースが無くなってしまうので、中央高速で時間を稼ぐ。いつものファミリーマートで食糧を仕入れ、今日は杣口林道を行く。まだ明けやらぬ空には星が瞬き、中天高く月が残っている。予報も…
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登山史の貴重な発見

仁成館山日記を繰っていてこのページを開いた瞬間、思わず絶句した。 目に飛び込んで来たのは原全教の署名。 川崎先生のパートナーとして鳥甲山へ登っている…。 そして仁成館に宿泊している。 衝撃だった。 原全教といえば『奥秩父研究』で知られた戦前の伝説の登山家だ。 その著作は現在でも充分に有効な山岳書である。 ここ仁成館…
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山日記

昭和初期からの宿泊客の記録が綴られているのが、この仁成館の「山日記」である。 鳥甲山へ挑んだ若きパイオニアたちの一途な想いがどのページにも満ちている。 それは日本登山史上に於ける稀有な資料でもある。 非常時には真っ先に持ち出さなければならない家宝だ。 単に、古くからある宿帳という存在ではなく、その価値は計り知れないほど貴…
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山岳写真家 三宅修

この写真は三宅先生ご本人の承諾を頂いておらず、ご指摘があった場合には削除とお詫び必至なので、恐る恐るアップします。 当時の「仁成館通信」は特定少数の読者が対象で、配信には何のためらいも無かったのですが、今回は不特定多数の目に留ってしまうからです。 本文も割愛します。 10月24日、三宅先生はご子息の三宅岳さんと二人で、…
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民情視察

最近の庶民の暮らしはどうであろうかと高所に登り、国見をしました。 民の竈の煙りは見えませんでしたが、実りの秋を前に、栄村は穏やかな佇まいでした。 眼下には千曲川。遠くには苗場山と鳥甲山も望めます。 やれやれ、これからあの山間まで戻るのです。 自宅はまだその向こう200キロ先。 思えば遠くへ来たもんだ。 前年には栄…
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鳥甲山縦走

扇を開いた形で屏風のように屹立するこの山の登山道は、かつて主人が整備したものです。 それ以前は先代の主が開拓しました。 早朝に登山の宿泊客を登山口まで送ります。 初夏から秋までは中級者向き。 縦走標準タイムは約八時間です。 中高年の登山ブームで、お客さんには登山者も多い。 人気があるのはやはり苗場山だろう。 今…
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山ノ神

信州秋山郷の中心、小赤沢にある苗場山神社です。 ここは苗場山登山の一合目。 三合目までは車で行けるので、ここから登る人は少ないようですが、安全を祈願してから登りたいものです。すでに山開きも終えました。 お隣には栄村の出先機関である『とねんぼ』があり、中には民族資料館が併設されています。 三合目には立派な駐車場が出来て…
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籠渡し

中津川に架かる、国内でも数少ない実用の「野猿」です。 川の中央までは自重で簡単に行きますが、後半は自分の体重分をロープで引かなければなりません。 ダイエットを決意する瞬間です。 宿の目の前にあり、誰でも乗ることは可能ですが、これはあくまで個人の大切な所有物。 事故や損壊させた場合の責任及び補償は、当然使用した人自身が負う事に…
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鳥甲山

高台に移動して鳥甲山と向き合うと、第二の谷川岳と呼ばれる理由が判ります。 沢筋に詰まる雪は消えることのない万年雪のまま、また厳しい冬を迎える年もあります。 盛夏に一度だけ縦走したことがありますが、この山は鎖場やナイフリッジなどの痩せた稜線が続く熟練者にのみ許される領域。安易な登山は控えるべきでしょう。 それにしても、見慣れた山…
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