テーマ:歴史散歩

江戸城天守閣再建之儀此歓迎仕候

江戸城天守閣を復元する計画があるようだ。 折しも今年は家康の四百回忌。 東京のランドマークとして、これほど相応しいことはない。 どことは言わないが、近代的、近未来的なデザインと謳っても、数十年も経てば必ず陳腐化するのは周知の通り。 だからこそ、日本の城郭の持つ意匠の普遍性を蘇らせる名案と思うのだ。 江戸城天守閣再建…
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勝てば官軍

東博を出てからの帰り道は、昔ならば、わざわざ京成の「博物館動物園駅」を利用して終点の上野駅まで乗っていた。 1キロにも満たない距離ではあるが、重厚な博物館動物園駅舎や、何とも不思議な感覚を惹起させるホームのレトロ感が好きだった。 短いホームだから4両編成の電車しか停まらず、乗れる電車を数十分待つのも珍しいことではなかった。 ホ…
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隅田川神社と木母寺

伊勢物語を読んでいて、いつも気に掛かるのが東下りの部分で、いつか訪れてみたいと思っていた。 近くまで来たので、わずか数時間ではあるが、少しだけ探訪しようと白鬚橋西詰に立った。 明治通りは交通量も多く、周辺には高いビルが建ち、首都高が護岸に沿って延び、かつての景観を損ねている。 かつてとはもちろん架橋された昭和初期のことで、…
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こんにゃくえんま 源覚寺

十代の頃だったと記憶している。 大晦日の夜、後楽園の辺りを歩いていた。 当然、まだ東京ドームなどは無く、娯楽に関しては後楽園球場と競輪場、そして遊園地くらいなものだった。 遊園地にしろ、まだ不埒な絶叫マシンも存在せず、本当の意味での「遊園地」だった。 楽しかったのは「コーヒーカップ」か「ティーカップ」か、正式な名前は知ら…
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いま 写楽がブームらしい

大震災の影響か、会期が延長された東博の「写楽 特別展」が明日12日に終わるが、以前から謎とされた写楽の正体が判ったということも、ブームを助長しているのだろう。 この「判った」とは、「ほぼそうではないか」と推理され、ある程度の結論らしき人物が浮かび上がったということ。 推理は推測の域を出ないにせよ、「なるほど、もっともな部分も…
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京都拾遺 壬生寺

  壬生寺を訪ねた。 新幹線の時間まで余裕があったので、朝の壬生寺にお参りした。 とはいっても、わずか五分だけだったから、前回の記事では触れなかった。 今回は、そのわずか五分の間に考えたことを少しだけ記そうと思う。 どうせ私のことだから、他愛ない内容だ。   境内には人の姿もなく、   寺は静かな朝を迎えてい…
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投込寺 浄閑寺

都内城東地区での用事を終え、少し時間の余裕があったので、十年振りに三ノ輪の浄閑寺を訪ねた。 説明するまでもない、投込寺である。 貧しさ故の人身売買。 年季明けで放免されるなど、まず望めなかった少女たちの境遇に思いを馳せれば、ただただ胸がつまる。 破られることを前提としての約束が、堂…
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殿中でござる

今日4月21日は、旧暦に直して元禄14年までさかのぼると3月14日。 これだけで判る人も多いだろう。 「この間の遺恨、覚えたか」 浅野長矩の怒声を聞いて最初に事件に気付いたのが大奥留守居番役梶川与惣兵衛。 見れば長矩が吉良上野介の頭部目がけて小刀を振り下ろしていた。 その刃は吉良の烏帽子に当たって深い傷には…
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年の瀬

浅草は毎年恒例の羽子板市。 師走の一日を浅草に遊んだ。 久し振りに浅草演芸ホールで落語を堪能、年忘れの笑いに興じる。 たっぷりと笑った帰り、地下鉄銀座線浅草駅への道は人、人、人で溢れていた。 寄席はねて仲見世裏も年の暮れ パッと浮かんだ句は何となく万太郎風。 いや、万太郎の作風そのままではないか。 いやいや、万…
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吉良上野介

毎年12月14日の泉岳寺は香華が絶えないが、この日は浅野長矩でも赤穂四十七士でもなく、吉良上野介の命日である。 仮定の話だが、逆に吉良が浅野内匠頭を殺したとしよう。 それで赤穂の浪士たちが吉良を討ったというなら、これは確かに仇討ちである。 しかし、事実は内匠頭が殿中ご法度の大罪の加害者なのだから、もしも仇討ちというならば、…
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ターヘル・アナトミア

江戸時代の大火や災害で亡くなった多くの人を弔うために建立されたのが両国回向院。 その分院が荒川区南千住にあります。 こちらは小塚原の処刑場に建てられ、ご存知、杉田玄白、中川淳庵、前野良沢らが処刑された罪人の腑分けを見て「ターヘル・アナトミア」の翻訳に取り掛かり、「解体新書」を著わすこととなった特別な場所。 日本の医学の原点とな…
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彰義隊が眠る寺

先日、千住大橋を訪ねた折、何気なく途中のお寺に寄り道をした。 円通寺。 足を踏み入れて驚いた。 このお寺に彰義隊の墓があるのだ。 知らなかった。 彰義隊といえば、上野の西郷さんの銅像の裏に、ひっそりと合同の墓所があり、それこそが悲劇の彰義隊の墓だと信じていた。 寺の境内にはいくつもの大きな碑が立ち並び、そのひとつひとつに…
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四十七士の歩いた道

宮部みゆきには先を越されましたが、師走の半日、ふと思い立って本所松坂町から高輪泉岳寺まで、四十七士の歩いた道をお徒歩(かち)してみようと考えました。 ところが寄り道の連続で日が傾き、永代橋にて日没断念。 捲土重来を期します。 時は元禄十五年十二月十四日…。 で始まるこの事件も、日本人好みの義に殉ずる復讐譚が、「忠臣蔵…
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