テーマ:生と死

自戒

同情で悩みし人に寄り添ふは 悩みなき身の驕る快感なりしか   時雨亭 来し方の負債数へて日は暮れぬ 生卵こくり飲みてまた病床に臥す 此れよりは深くしづかに隠棲す 逝きし人との思ひ出よすがに 告げられし余命と向き合ふと決めたその日から 世界は身辺五間足元五尺 いろいろあって死に損なって ロスタイム生…
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Body & Soul

このところ、ずいぶん内容を端折って簡略化してるじゃないか、とのご意見があり、ブログを綴っている本人もそう思っている次第です。ですが、実際は介護日記や、自身の日々悪化する体調を記したりで、普段より濃い内容の大量の文章を仔細に書き込んでいる日常です。共倒れの可能性も否定できず、これをブログに上げれば読み応えもあるのでしょうが、悪趣味はで…
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差し出す命

たまに、アスファルトの上でのたくっているミミズを見ることがあります。 何かに驚いて、地中から飛び出した慌て者なのでしょう。 やがて干乾びるか、アリの食材になる定めが憐れです。 ミミズちぎられ針に刺され   太公望に差し出す命あはれ   時雨亭
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独白

妻が高野山東京別院で頂いて来たお守りをつけてみました。 我が腕を見つつ死人(しびと)の肌のやう   刀自の独白聞きし雨の夜かな   時雨亭
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看取りの指針

 目が覚めて昨日と同じ体調を確認する安堵するお茶にする   時雨亭 起きてお茶淹れてご飯にして薬を飲ませて、それでもまだ朝の6時。 うーん、と伸びをして深呼吸。 すると、都心はこんな匂いだったかなと、普段は気にも留めなかったことに気づく。 以前は6時半になったらラジオをつけてラジオ体操させていたのだが…
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お福さん

初めて彼女を見たのは三年前だった。 薄汚れて警戒心の強そうな目が印象的だった。 それからもたびたび見掛けて、やがてこちらから「お早う」とか「お、今日も元気で野良やってるな」とか話し掛けながら通り過ぎていた。 飼い猫ではなさそうで、それでもしたたかにこの地域で生き抜いているのだから、こんな小さな猫でも自立してるんだなあと…
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隅田川を渡りながら、こう考えた

遠くない時期、それが半年か一年か二年先かわからないが、この小さな町の一角に住むことになるとイメージすると、どうにも気が進まない。 都心の一等地でありながら、典型的なこの下町では、向こう三軒両隣との付き合いが欠かせず、それが正直、煩わしくもある。 おかずを少し余分に作り、それをお裾分けするのは当然のことで、事実、「ちょっと…
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死に際と往生際

話は3月3日の雛祭りの日にさかのぼる。 その日の午後、実家へ行くと、ばあさんは午前中に二階の物干し場で転んだらしく、その時に打った左の腕を擦りむき、かなりの出血。 血液がサラサラになる薬を服用しているから、出血が止まりにくいのはある程度は仕方ないのだろうが、シャツが血だらけになっていた。 指摘されて、あら本当だ、とはお…
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そして我々は見て見ぬ振りを続ける

カンさんが死んだ。 知り合いの民生委員の方から聞いた。 今年の2月だったそうだ。 カンさんはホームレスだった。 彼が我が町にやって来たのは、もう15年も前のこと。 (本人は流れ着いたと言っていた) なぜカンさんかと言うと、肝臓が少々悪いこと、そして彼が空缶を集めていたからだった。 本人もその名前を気に入ってくれ…
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冬の蜂は死に場所を探して歩いているのではない

力のない初冬の陽だまりの中、オオスズメバチが行く当ても無さそうによろよろと右へ左へと歩いていた。 秋になるとワイドショーなどで毎年恒例のようにその脅威を喧伝される奴も、いよいよ力尽きるのかと、その動きを目で追っていた。 冬蜂の死にどころなく歩きけり 鬼城の句が鮮やかに浮かぶ光景である。 句の蜂がどんな種類かは勉強…
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女郎蜘蛛の食事

テレビなどでよく見る光景だが、サバンナで肉食獣が草食獣を捕えて首に噛みつき、息の根を止めようとする傍から、他の仲間たちが腹に牙を喰い込ませて草食獣の内臓を貪り食う場面に出くわすと、残酷だなと思う。 それは生きながら己の肉体を喰われてゆく心持ちを自分の身に置き換えて想像してしまうからで、弱肉強食とか自然界の摂理とかわかってい…
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Death Education

井の頭公園の象、はな子が死んだ。 私なんかよりはるかに年長の、69歳での大往生だった。 三度訪ねて、実際に会えたのは二回。 それももう10年も前のことだ。 さまざまな人がはな子に自分の思いを仮託していたのは充分承知しているけれど、それは見る側の勝手な思い入れで、はな子はそれらを関知していないはずだ。 仮託するの…
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人間の一生を貫く矛盾

政治が良くなれば暮らしも良くなる、などの幻想は誰でも知っている。 いくら政治や暮らしが良くなっても、人間、結局は老いるのだ。 若い頃に、いずれ現役を離れた時には趣味に生きたいと思っても、読書を楽しもうとすれば視力の衰えに悩み、山歩きで自然に親しもうとすれば膝が痛み、旨い酒を飲もうとすると内臓が悲鳴を上げ、医者がストップを…
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寡黙な傍観者

秋のお彼岸のお中日であった。 快晴の空は地上に穏やかな陽を注ぎ、新酒のような透明感で現世を満たしている。 そこには数輪の曼珠沙華が、燃えるような深紅の艶やかさで風に揺れていた。 こんな時は、中学生のような青臭さで、人生とは何ぞや、などと考えることがある。 年を経てふと振り返る十代の頃。 人はどこから来てどこへ行くの…
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終日閉門

友人の日記に「とんでもない電話があった。ふざけろ! 」とのタイトルが載った。 諸般の事情で経緯は明らかに出来ないが、その「とんでもない電話があった」直後に友人から連絡があり、私も内容を聞いて「ふざけろ!」との思いで同調した。 それは行為と結果に於いての「ふざけろ!」であって、どうにも憤懣のやり場がない。 生きるということは…
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唐人お吉

子供の頃から家族旅行で下田を訪れるたびに「唐人お吉」の名前は耳にして知っていたが、前回、下田へ来たときに、本格的にお吉のことを知りたくなった。 「ラシャメン」という言葉も同様で、知ってはいても、恥ずかしながらその意味も差別意識も曖昧なものだった。 「唐人お吉記念館」は宝福寺に併設され、墓が残っている。 ペリー来航以…
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隣国の事故

今回のセウォル号沈没事故に関して、思いつくまま、感想を簡略に綴ってみる。 海難事故ということで先ず思い出したのは、600名近くの乗員が和歌山県串本町沖で犠牲になったトルコのエルトゥールル号遭難事件、1500人が犠牲になったタイタニック号沈没事故、疎開学童を中心に1400名以上の犠牲者を出した対馬丸事件、死者行方不明者1200人…
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倶会一処

帰宅すると、この時期になって喪中のハガキが届いていた。 それは同じ都内にいながら、遠い親戚からのものだった。 遠いとは、年賀状やお歳暮が届く程度の関係で、今年のお歳暮はかなり早く届き、珍しいことだな、と思っていた。 こちらも毎年送っているから、それこそ「行って来い」の状態で、互いに連絡することはない。 だからこそ、お歳暮が届…
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雨の穴

明け方近くに帰宅して窓を開けると、西の空に金星が輝いている。 この季節は、天気さえ良ければいつだって見える。 星らしく、ちゃんと夜の間に天空を半周して西へ消えるのだから、模範的でわかりやすい。 半月前は、月に寄り添っていた。 月と同じように、ぐるりと地球を回るから、天動説を支持したくもなるというものだ。 プトレマイオス…
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「御巣鷹 26年目の夏」~スゲノ沢~

2011年7月15日   写真 文章 Dr.イッコー 「スゲノ沢」は尾根に激突した機体後部が滑り落ちた場所です。 奇跡的に4名の生存者が発見されたのがここ「スゲノ沢」。 TV画面で自衛隊のヘリコプターに救出されるシーンが目に浮かびます。 この沢の一帯にも多くの墓標が立ち…
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撫子は好きですか

花屋さんで切り花を選んでいたら、今年初めて撫子を見つけた。 撫子は一番好きな花。 もうそんな季節なのかと、これは私の感慨。 色取りどりの花を集め、墓参に向かった。 さてしかし、兄は何の花が好きだったか、とんと記憶にない。 今日は兄の十三回忌。 早いのか遅いのか分からぬまま今日を迎えたが、やはり早いのだろうなと思う…
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スイッチ

お婆ちゃんが亡くなった。 入院から四ケ月目のことだった。 入院した時点で、当方との関係は終わり、たまにお見舞いに伺う程度だった。 目は開かないけれど、声を掛ければこちらに手を伸ばして手を握ってくれるし、片言の会話なら何とか出来る、まだそんな状態だった。 けれど次第に反応が鈍くなり、最近ではまったく無反応で、意識レベルは最…
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百か日

今日が親友の百か日です。 早いのか遅いのか、感覚が麻痺していますが、これもまた、ひとつの節目です。 少しだけ、前回の続きを綴ってみます。 2008年7月12日 19:03 昨日は、ありがとう御座居ました。 昨夜は風呂に入ってそのまま寝てしまいました。 今朝は何故か、だらだらと昼寝などしなが…
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レクイエム

前回、高校時代のことを書き進めながら、ある事故を思い出していました。 三年の秋だったでしょうか。 私はガールフレンドと、日曜日に銀座でデートしていました。 その途中、山野だったかYAMAHAだったか忘れましたが、モーツァルトのレクイエムのLPを買いました。 デートを終えて帰宅したのが午後九時。 ほぼ同時に友人から電話が…
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四十九日

今日は中陰の追善法要の最後、親友の四十九日です。 私などの不信心者は地獄に堕されるのでしょうが、誰からも愛された真面目な彼は、閻魔さまのお裁きでも無条件で極楽浄土に向かうと思います。 前回の記事を書いて、しばらくは彼の病気や死に触れず、次は一周忌頃にでも思い出を語ろうと考えていました。 ところがその記事へのアクセスを見ると…
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訃報届く

昨晩遅く、一年九ヶ月間の闘病生活も力尽き、無二の親友が彼岸へと旅立ちました。 樋伝う音なき雨や二月尽 心配して下さった皆さん、どうもありがとう。
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タミコ追悼

タミコの訃報が届いた。 数ヶ月前から、そろそろあぶないとの知らせは貰っていた。 最近は歩くこともままならず、よろよろ腰砕けの状態だった。 友人が仕事から戻ると、留守を預かっていたタミコが必死に出迎える。 仕事から帰ってみたらタミコは頑張っていてくれました。 可哀想で可哀想で涙が止まりません。 友人からのメール…
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位牌と二人旅

どうしても償還しなければ置きどころのない心の負債のようなものがある。 それは二年前に亡くなったOさんのことだ。 友人と二人でOさんの位牌を作った。 無縁となって眠るお寺に納めたが、なぜか納得できなかった。 その位牌を持って、独り早朝の甲府駅前に立った。 遠縁の人とやっと連絡が取れ、可能ならばそちらのお仏壇にお返ししたい…
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ハルリンドウ

知人は仮通夜に行った。 深夜、Tちゃんは動かぬRちゃんを時折抱きしめては頬ずりを繰り返していた。 そして告別式が終わった。 遺骨を前に、泣き腫らしたTちゃんの言葉が胸に響く。 『私はこの子に何もしてあげられなかったけど、この子は私を母親にしてくれた。わずか生後三ヶ月の子に大きな親孝行をしてもらって、本当に幸せな毎日だ…
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人間の一生

知人の職場での話。 産休明けで仮復帰して頑張っていたTちゃん。 誕生したのは標準より2キロ近くも軽かったRちゃんだった。 そのRちゃんが生後三ヶ月目の今日未明、脳腫瘍で亡くなった。 夫婦や周囲の絶望、落胆、悲嘆はもちろん、職場も深い悲しみに沈んでいる。 祝福されて生まれ、惜しまれながら逝くのが人生の理想なんて言葉、Rち…
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2020年01月
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