テーマ:命日

生前整理

今日は兄の祥月命日。 墓参を終えて実家へ戻り、仏壇に手を合わせる。 神棚もあり、神仏混淆の家なり。 断捨離遅々として進まず。 夏の宵生前整理果てもなし   時雨亭
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パラレルワールド

晴れ予報が外れ、曇天のうすら寒い日になった。 毎回、定点観測のような画像しか遺せないが、もう恒例となった親友Aの命日に合わせて墓参に訪れた。 このために一日を消費するのは仕方ないにしても、これで今月の忙しさのほぼ9割方が解消し、ルーティンとはいえホッとして少し負債を償還できた気になる。 小さい霊園なので、以前は10…
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如月忌

世間的にはそれほどメジャーネームではないかも知れませんが、今日は九條武子さんの祥月ご命日。 お西の方なら当然ご存知でしょう。 ここで私如きが詳細な略歴を書き連ねるのも僭越なので控えますが、京都女子学園、京都女子大学を設立され、関東大震災では自らも被災しながら救援活動や以後の震災復興事業を続け、そのご無理のせいで命をすり減…
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月命日

 仏飯を母と分け合ふ一茶の忌   時雨亭 一茶ならばスズメだろうと出てみたが、こんな日に限って現れない。 よって茶粥にしてゆかりをパラパラふりかけ食す。 すこぶる美味也。 類句は数多存在すると思われる。
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残照

時雨亭の往復時に遠まわりしてこの風景を眺めることがある。 残照を人生に重ねて見入ったり、瞑想で心を無にしたり…。 なんちゃって瞑想だから、座禅修行の初歩のまた初歩程度の行である。 しかし耳を研ぎ澄ませば、風に踊る草たちのさんざめく声が聴こえ、はたまた麓から人の暮らしの音がして、またそれが雑念や邪念になる。 生…
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Google Street View

兄の命日の墓参を終え、また今年も「死」とは何ぞやと、この世から消滅した生命の現実を凝視する。 誰も実際に見て帰還したことがないので、説得力のある言葉や文章に出会わないのは道理で、強靭な精神の人間など存在しないから、結局、潜在意識が日常の行動や言動をすべてコントロールするようになり、感情によって作り上げられたイメージの集合体…
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七回忌

春とは名ばかりの頼りない午後の陽が霊園全体を斜めに投げかけ、本当の春を待ち焦がれているように見える。 君が逝ってからもう六年の月日が流れてしまった。 軽く一礼し、墓苑に足を踏み入れる。 東日本を襲った大震災も原発事故も知らず、相変わらず景気が悪いままであることも知らず、ぼくがこんなジジイになったことも知らず、君はぼ…
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母の二十三回忌

母が亡くなって二十二年の月日が流れた。 まだ母が逝った歳には何年もあるが、兄が逝った五十一歳はとっくに過ぎた。 午前十時にお坊さんがいらして、お経をあげて頂いた。 途中でお焼香をして、最後に有難いお説法を拝聴した。 母について思い出すことは星の数ほどあるが、ここに書いても仕方ないものだし他愛のないことばかりである…
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春は名のみの風の寒さや

梅開花の報せもちらほらと聞くようになったが、自宅近くでやっと今年の梅を見つけた。 北風に乗って、梅の香が漂って来たのだ。 何年経っても、今日という日は特別な一日である。 彼の人生に伴走しようと決めたにも関わらず、そんな想いもたった一年しか持てなかった。 寒い日が続くけれど、あと一か月もすれば今度は桜が咲く。 雌…
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母の忌日に思うこと

今日は平成5年に逝った母の墓参に出掛けた。 それから今日までの月日を想うと、回りの状況も含め、私の日常も大きく変化していることに思い至る。 不肖の息子は、その変化の波に流され、かろうじて今を生きている。 母はどこかからそんな私を見て、ハラハラしているのだろう。 だが、その気配を感じ取れない私は、死について考えるとき、天国…
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風景には時代の堆積がある

当時、これほど墓石は林立していなかった。 15年という月日の長短を考えてみる。 もし生きていれば、などと夢想するのは詮無いことであって、事実は願望で歪曲されるだけだ。 桂宮殿下が薨去された。 66歳だという。 ゾロ目の歳は気をつけなければいけないと、誰もがいう。 確かに母は殿下と同じ66歳で逝き、長生きするだろう…
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ミクロコスモス

胸の内に巣食う寂しさを絞り出してインク瓶に溜めれば、それで懐かしい人に手紙を書けそうな気がした。 でも宛て先が分からないから途方に暮れている。 こんな夜は、香を焚きながら焼き物の図録を見て、心を落ち着かせることにしている。 曜変天目茶碗。 現存するのは、世界でも日本に三点のみ。 東京の静嘉堂文庫、京都の大徳寺龍…
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数えても意味のないことを数えている

有無を言わせぬ出生の理不尽と、例外を許さぬ死の残酷との狭間に生き、すでに最末期を予感していた親友は、果たして無常観を基礎とした諦念を抱いていただろうか。 健康な人間が狂気にならずにいられるのは、人間のあらゆる情熱や努力は、人間が己の存在を問うことを回避する方向に傾斜しているからである。 ヒュームやラッセルは言う。 「人間の…
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比喩と倒置法

東京マラソンの日の夕方は、月島や佃の銭湯が満員になるという。 走り終えた市民ランナーたちが、帰る途中で汗を流すからなのだろう。 完走した人も、残念ながら断念せざるを得なかった人も、本当にご苦労さまでした。 それぞれが、何かしらの思いを秘め、強い意志を持って参加しただろうことは容易に想像できる。 ルソーの言葉だったか、 「生…
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一枚の写真が語ること

一番左が私の母なのだが、撮ったのがいつかは分からない。 戦局が押しつまった昭和二十年とは考えにくいから、17年から18年にかけての撮影か。 いずれにせよ、十代半ばのものだろう。 馬鹿な私とは違い、尋常小学校入学から高女卒業まで、母の通知表は「甲」だけで埋め尽くされている。 母は、戦争について多くを語らなかった。 そ…
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撫子は好きですか

花屋さんで切り花を選んでいたら、今年初めて撫子を見つけた。 撫子は一番好きな花。 もうそんな季節なのかと、これは私の感慨。 色取りどりの花を集め、墓参に向かった。 さてしかし、兄は何の花が好きだったか、とんと記憶にない。 今日は兄の十三回忌。 早いのか遅いのか分からぬまま今日を迎えたが、やはり早いのだろうなと思う…
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思い出は夏色

徒然なるままに…。 今日は51歳で逝った兄の誕生日だ。 生きていれば何歳になるのかな。 昨日は東京でも春一番が吹いて、暖かいというよりは汗ばむほどの陽気だったけど、今この時間は寒くてコタツで丸くなっている。 強風もまだ咆哮している。 それでもこれが典型的な三寒四温。 リビングが使いにくいから、早くコタツをしま…
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夏の日の思ひ出 白馬岳登山

おやぢと白馬岳に行きました。 出発前に、猿倉山荘をバックに写真を撮ります。 撮ってやるからと、嫌がる私を撮りやがります。 私、ふてくされます。 とにかく出発です。 一般大衆も、続々と入山して来ます。 早々と、どこかの大学の山岳部に抜かれます。 山岳部の合宿といえば、定番のキスリングで…
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記憶にございません

親不孝だった不肖の息子が、この時期になると、ポツポツとおかんの遺品の整理をする。 何年経っても遅々として進まず、今年もまた、ちょこっとだけ手を付けて終わりにした。 衣類はすべて何らかの形で処分したものの、膨大な書籍(ほとんどが短歌の本)や原稿や写真が、ほぼ未整理のまま残っている。 本棚には、おかんの遺した本が、ズラーッと並んで…
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あの日と同じ雨

兄が亡くなって、今日で十年になった。 日が射した昼から一転して、今この時間、暮れかかる街に幽かな雨が降りて来た。 通夜から告別式にかけて、細い雨が降っていたこと、蒸し暑くて消耗したことを思い出した。 今までの人生で、号泣したのは二回、その一回が兄との別れだった。 幼い頃は、よく喧嘩をした。 長じて、その反動かどうか…
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無題

昨日は終戦記念日でした。 靖国の混乱を避け、墨田区の震災慰霊堂へ手を合わせに行きました。 文京区にある東京都戦没者霊苑や、千鳥ヶ淵戦没者墓苑から回って来られた年配の方も多く、都民にはかけがえのない大切な施設です。 非戦闘員の女性や子供たちが、戦禍から逃れようと殺到した横網町公園。 数万人が避難するにはあまりにも狭すぎる場所で…
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兄が肺がんで逝って今日で満七年。 産まれた瞬間に、生あるものは必ず死の契約をする。 契約を交わす相手は神か悪魔か知らぬが、誰もそれを逃れることは出来ない。 告知の夜、兄は一晩中、窓からの夜景を眺めていたと、看護師に聞いた。 恐怖に狂乱するのも人間。 粛々と現実を受け入れるのもまた人間。 後日、兄はその一晩で死を静かに…
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気がつけば兄の年齢

今日は兄の七回忌です。 肺ガンで余命一ヶ月の告知。 しかし気力だけで奇跡的に以後の二年半を生き抜きました。 楽しみは頻繁に通った仁成館の露天風呂。 飽きずに何時間も浸かっていた姿が今でも忘れられません。
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ご近所は五千円

今日は母の墓参に来ています。 一緒に親戚のお墓にも寄って手を合わせます。 ほんの30メートルほど離れた場所には樋口一葉のお墓があり、こちらにも頭を垂れて合掌しました。 『どうか沢山の五千円札を授けてください』 毎回お願いしているのですが、願いはまったく届いていないようです。 現在も続いている携帯メルマガ「身…
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再度退却中

このお盆の時期、宿は多忙の極致なのですが、私事のため実家に戻って来ました。 秋山郷と違って、手強い熱帯夜に苦しめられています。 テレビでは民族大移動帰省渋滞の報道。 暑さを除けば都会の道路事情はすこぶる快適です。 八月十六日が母の命日なので、二年続けて戻って来た。 前年は十三回忌だった。 その前の年は仁成館にいた…
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2020年01月
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