テーマ:東日本大震災

3.11

  被災地へすぐに向かえばよいものを先ず結団式出発式の儀式優先   時雨亭   気を遣いすぎる言葉で傷つけた歪んだ顔見て知る自戒   生涯でたった一度のプロポーズ過去は反芻するたび苦さ増す   8の字は発って出会ってまた戻るループせしとて∞ ほど力はなし   いつだって笑顔の訳を知ってたよ気づいて欲し…
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このほうれい線が目に入らぬか

私のようなロートルはもう引っ込むが良かろうと思うも、今年もまた仙台へお招き頂き、のこのこやって来た。 どこかでボタンが掛け違えられたか、単なる会合なのに講演とフェイクされている気配もある。 それもよし、懇談の内容こそが大切なのだ。 一ヵ月前からメールのやり取りがあって、何を議題(話題)にするかの打ち合わせを繰り返した。 …
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震災を詠む 2016

「想定外」という言葉が氾濫し、その中にはもちろん原発事故も含まれていた5年前。 その「5年前」が、現在も継続している。 科学技術の崩壊は我々を恐怖に陥れ、津波から逃れ生き残った人々の暮らしも未だにままならないことが多い。 絶望の淵や不安の根源から、「人間」らしく生きることの難しさを模索する想いが、今回も三十一文字となっ…
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たかが人間の分際で

個人に「死ね!」と言ったら反感を持たれ、場合によっては罪にも問われるが、国に「死ね!」と言うと共感を呼ぶ。 国が国民から嫌われる国、政治家というだけで馬鹿にされる国、国会には地方議員が多いのに、なぜか地域格差が縮小しない不思議の国、ジパングである。 何故この時期にしか来ないんだ、と言われるのを承知で、3・11に合わせて今…
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震災を詠む 2015

6月16日、17日の二夜連続で、今年もまた東日本大震災を詠んだ短歌がEテレの「ハートネットTV」で披露された。(参照 1) (参照 2) また7月5日には、NHK総合でEテレの番組を再編集した「明日へー支えあおうー」も放映され、震災を経験した多くの人たちの三十一文字に込められた想いが余すところなく伝えられた。(参照 3) …
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震災を詠む 2014

二週に分けて放映されたEテレの「震災を詠む 2014」を見た。 雪月花に重きを置く俳句では伝え切れない特別な思いには、三十一文字の短歌が相応しい。 今回、授業で初めて短歌を作ったという生徒もいて、この三年数ヶ月に胸の中で成熟や変化した感情を、技巧など気にすることなく詠んだ歌たちが新鮮だった。 最近はやはり放射能汚染を念頭に…
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岩を穿つ一滴の水のように

被害者なのに、世間からの疎外感を持つ人々がいた。 災害や暴力や差別だけが人を傷つけるのではない。 時には優しさも人を傷つけることがあることを思い知らされたのも、この人々の存在あってのことだった。 医師が「病気」だけではなく「患者」を看るのが、その職業の本質であるのと同様、私の描く理念や理想の姿を、この土地の人々は耳ではなく心で…
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個人が背負うには限界がある

東北から懐かしい顔の三人がやって来た。 サプライズ嫌いの私を気遣い、友人も前もって「この日を空けておくように」と連絡が入っていたので、楽しみにして当日を迎えた。 こちらも三人。 合わせて六人での昼食となった。 「遠いところをわざわざ」 「いえいえ、こちらこそもっと前にお礼に伺わなければいけなかったのに、本当に失礼し…
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三十一文字の慟哭

この二年間が長いと感じるのは、まったく進まない除染と遅い復興のせいであって、その反面、短いと感じるのは、あの日から時間は止まっているのに体だけは動いている感覚が続いているからか。 去年同様、宮城と岩手の二ヶ所から招かれたが、今年は時間のやり繰りができず、残念ながら辞退した。 明日で二年になる。 NHK Eテレの「福祉ネット…
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光と影

雪道を走りながら、前日の光景を思い出していた。 前乗りして11日の追悼式に参列した。 誰もが特別な想いを持ち、厳かな気持ちを抱えて、静かに一年前の「あの瞬間」を待っている中で、忙しく動き回っているのはマスコミだけで、遺族や被災者にカメラを向けたり、ICレコーダーを突き出している。 そんな光景は、以前から何も変わっていない。…
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文字のチカラ

赤信号で停まるとすぐに大きな横揺れが来て、思わずブレーキペダルを力いっぱい踏んでサイドブレーキを引き、ハンドルを握りしめて揺れに耐えた。 ビルの看板も激しく揺れているのを見て、地震なんだと気がついた。 周囲のいくつものビルからは人が転がるように走り出て、その場の鋪道上で不安そうにうずくまる光景が現実離れして見えた。 その時には…
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辺見庸 「瓦礫の中から言葉を」

辺見庸といえば芥川賞の「自動起床装置」と講談社ノンフィクション賞の「もの食う人びと」の二冊しか読んだことがなかったが、昨年四月、Eテレ「こころの時代」を見て、その時の番組タイトルである「瓦礫の中から言葉を」と同名の著書を見つけたので購入した。 寝つきは良い方だが、ベッドにもぐり、一気に読了した内容だった。 Eテレの内容は…
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だんだん無口になる

天気予報があやしいので、スタッドレスを履いたレンタカーを借りて出発した。 12月1日、今日から東北の高速が全車無料になるというので、ならばレンタカー代などの出費もあったことだし、白河まで下道を行こうと相談がまとまった。 しかし白河は遠く、途中であきらめて高速に乗った。 無料だから、空いているはずの下り車線を走る車も多い。 …
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じゃ、また来月ね

那須高原辺りを走っている時は、 「ここら辺、放射性物質のホットスポットになってるらしいよ」 の声もあったが、 「いいんじゃない、別に」 「細かいこと考えてたら、今の日本、どこも暮らすとこなくなるよ」 で、窓をフルオープンで走り抜けた。 車内を吹き抜ける風が心地良い。 そのうちに、みんな爆睡し始めた。 誰もが体力の限界…
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私が死ぬまでにやらなければいけないこと

大層なタイトルをつけてしまったが、また二泊の予定で宮城へ行き、被災地での通常支援の合間に、後片付けの手伝いをした。 とはいっても、相変わらず、側溝に溜まったヘドロや砂をスコップで掬うだけの単純作業で、 「力仕事は私たちが引き受けますから」 と、ずいぶん気を遣ってくれた分業だ。 若い人は大きな家具や電化製品と格闘していて、…
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正直者の暴言

三月の中頃だったろうか。 多摩川の土手で、野生のセリを根付きのまま数本だけ摘んだ。 帰っておひたしにすると、口の中に春の香が満ちた。 根はしばらく水に浸けて置くと、またひこばえのような可愛らしい芽を出し、小さな葉をつけた。 そのまま放置していたら、たくましく成長し、このようになった。 なったところで、また食…
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二ヶ月前の「あの時」

揺れは西日本まで到達したようだが、東日本の数千万人の人が、それぞれの「あの瞬間」を体験したはずだ。 その数千万人の体験はさまざまだったろうことは、容易に想像できる。 いつの間にか、別けて報道されていた死者と行方不明者の数が合算されて伝えられるようにもなった。 まだ行方の知れない方が、一万人近くもいるという。 数万人から数十万…
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ボランティアは毛細血管

週末を利用して、ボランティアで被災地の奥まで入っていた友人たちが一時帰京した。 土日は学生や会社員が多くやって来るから、その間だけでも東京に戻り、少しだけ休むのだ。 このパターンが、数週間続いている。 詳細を聞いた。 電気ガス水道と、すべてのライフラインを断たれたまま、被災した自宅で避難している人は多い。 逆に、体育館…
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善意の人々

買い溜め騒動がほぼ鎮静化した感のある東京では、欲しい物のほとんどが手に入るようになりました。 そのせいか、救援物資も順調に当方へ集まっています。 それらを順次送り、支援体制も軌道に乗りました。 お陰で先方の要望にも、ほぼ応えられるまでになり、とにかく「感謝」のひと言です。 最近は生鮮食品も寄せられ、現地からは「本当に助かって…
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ワンコインつもり貯金

相棒と都内の会合に出た。 本当は、どちらかが事務所に残っていなければいけないのだが、都内の各事業所と共同で、後方支援の再構築が必要になった。 それは人員の派遣であり、物資調達継続の諸問題であり、車の遣り繰りであり、東京で受け入れてくれるホームステイ先の確保などだ。 東京へ一時避難をしている人たちも、そろそろ宮城へ戻ることを考え…
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合言葉は「今やらなくていつやるの」

もうこの歳になると、あと余命が10年か20年、長くても30年程度だろうと、おおよその見当がつく。 私の世代は高度成長とオイルショック、バブル景気と崩壊、それに続く不況、湾岸戦争、9.11、デフレ、経済格差、リーマンショックなどの波を経て今を生きているが、思い返してみれば、ただ繁栄を享受していたり、有るか無きかの挫折を感じただけであ…
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続々報 津波の爪痕 ~いわき~

         続々報 津波の爪痕 ~いわき~  Dr.イッコー 3月11日14時46分頃発生した未曽有の震災から3週間が過ぎた。 ライフラインも徐々に復旧し、高台や津波で被害を受けた地域を除き、断水も解消しつつある。 (電気は当初から生きていた) しかし被災地された…
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禁句の「プ」

上水道が安全とされている地域でも、ミネラルウォーターの買い占めや買い溜めが続いているらしい。 富士山周辺の名水にも、何個ものポリタンクを積んだ車が殺到しているようだ。 安全な野菜まで廃棄処分されて、そんな政府の指示や情報が、一層の不安感に拍車をかける。 行き過ぎた行動だとか、もったいないだとか思っても、国家のガバナンスと報道の…
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計画停電もう慣れた

黒いブルゾンを着ていたので、停電になると闇夜のカラス状態だ。 駅からの道を、車に轢かれぬよう、ずいぶん気を遣って帰宅した。 戦時中の灯火管制もこんなだったのだろうか。 そういえば、東京23区内では足立、荒川の両区だけが部分的に計画停電エリアに組み込まれて、同じ都内なのにと、その不公平感に不満が出ている。 さもありなん。 戦…
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続報 津波の爪痕 ~いわき~

     続報 津波の爪痕 ~いわき~   Dr.イッコー 今朝、出勤に備えていたら、いわきで震度5強の揺れに2回見舞われました。 余震の範疇を超え、本震並みでした。 「原発」も含め早く終息する事を願ってやみません。 被災12日目の小名浜の風景をお伝えします。 …
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元気です

当方も含めて、友好関係にある都内の4事業所と相談し、仙台のNPOへ一人で応援に出向していたケアマネさんと交替するため、第二陣は三人を派遣することになった。 今回はこちらからもヘルパーさんを出すのだが、どう選抜しようかと思案していたところ、志願者が二人、名乗り出てくれた。 有難くも申し訳ないことだ。 そして決定したのが、例の…
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