テーマ:佃島

名越の祓

佃、住吉神社にて。    聴診器に本音洩れしか夏祓   時雨亭    炎昼や国に殉ずる覚悟なし    韻を踏む如く酷暑にたたら踏む    夕立去って悠々と生きてゐる    夏籠や考へぬことを考へて    暑気中りこんな時こそ笑ふべし ※ 「如く俳句」は自主規制していたのですが血迷…
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江戸の夏

江戸名所図会や名所江戸百景を眺めていると、その絵の中に入り込み、、江戸時代の人になって朱引内を歩いてみたくなります。    路地も夏大川も夏江戸の夏   時雨亭    清元のお師匠さんの単衣かな    文楽もチャリ場あれこそ季吟の忌
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産土神

地元の神社でありながら、御朱印を頂いた記憶がありません。 でもお祭りなどの寄付は毎度キッチリとさせて頂いてます。 だって集めに来るんだもん! 中吉の産土神の御託宣不老不死は神のみの特権   時雨亭
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祭りのあとの祭り

朝の五時からピーヒャラチャンチキお囃子が聞える。 今年は三年に一度の本祭りで、すでに気もそぞろである。 ブロブのこともちょっと考えたが、以前に画像を大量にアップしているはず(どこかに必ずあるはずなんだけど見つかりません)なので、今回ばかりは祭りに集中しようと決めた。 画像も動画も、いずれ多くの方が大量にアップするだろう…
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迎え火

杉並(和田堀廟所)での墓参を終えて実家に戻るころには、ばーさまの足はパンパンにむくんでいて、もう歩かせるわけにはいかない。 二日間離れていたら、ずいぶん水分や塩分補給に努めたそうで、そりゃ持病が腎不全だから、必然的にそうなるわな。 腎臓で濾過されなかった水分が膀胱へと送られず、体内へと回ってしまったわけだ。 戻ったのが…
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佃煮の日

旧暦1646年6月29日は、佃煮発祥の地、東京佃島の住吉神社が創建された日で、佃煮の日である。 現在のグリゴリオ歴に直せば8月10日ということになる。 同時に今年は三年に一度廻って来る住吉様の例大祭、本祭りの年でもあると同時に、家康公四百年祭の節目の年。 徳川様あってこその島民だった。 保存技術が限られていた時代の佃…
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半日を無駄にした気がする

一年前の福祉バザーで、何か暖房器具を出してくれとの要請で、使用年数の浅いコタツを出品しました。 エアコンとストーブと電気毛布があるのだから、防寒対策も大丈夫だろうとの甘い観測でした。 ところが足の冷えは耐えがたく、ひと冬を凍えそうになりながらやり過ごしました。 そこで私は学習しました。 『コタツは必需品である』 家電量販店…
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佃・漣 (下)

「佃・漣 (上)」からの続きです。  奥湯河原の、宿の離れについた時は、すっかり暗くなっていた。  闇のなかで、緑が、濃く匂っている。  紅い、小さな太鼓橋の下の流れは、弄しるように勢いがよかった。  女中さんは、新婚を心得ていて、扱いが上手い。  静かな山奥の宿で、夫の健康な欲望に身を預け、心のどこかで、…
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佃・漣 (上)

         佃 ・ 漣  昨夜の宵からの、いささか強い、断続的な雨があがったばかりの、しっとりとした舗道に、五月の朝の光が、激しく反射している。  今朝の絹子の目には、この乱反射が、ことのほかまぶしい。  まだ五時を過ぎたばかりであるが、下町の主婦たちの朝は早い。  狭い露地の奥から、かすかに味噌汁の匂…
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佃島 陰祭り

三年に一度の本祭りを来年に控え、今年の佃は陰祭りです。 有名な八角神輿は、長年にわたって男衆に揉まれて傷みがひどく、これから一年かけて、修理や修復に入ります。 「陰」なので、本来は担ぐことはないのですが、そんな事情で、今年は特例として、町内を巡りました。 暑さのせいなのか、予定より二時間も早く住吉神社へ…
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集団で無賃乗車をした

お盆の入りでした。 ご先祖様を迎えに、杉並の西本願寺廟所へ行きます。 清七とあるのは、家康公が江戸に幕府を定めた折、大阪の摂津から呼び寄せた漁師三十三人の中の一人で、この清七っつぁんが、我がご先祖様なのです。 佃島を与えられ、白魚などを獲って、将軍家へ献上していたようです。 だから、私のルーツは大阪の漁師なのです。 も…
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金ならあるぞ

年も押し詰まり、実家の神棚を掃除した。 我が家には小判がザックザックとあるのだ。 全部ボール紙製だけど…。 金色の紙を貼ってあるだけ。 でもこれだけのお金があると信じ込めば、心は、もとい、懐は豊かな気分になる。 もうかなりくたびれた小判なので、新しく買い直そうと考えていた。 神棚に供えてあるのだから、やはり仏具屋…
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故郷忘れ難く 其の参

徳川家康が江戸に幕府を定めると、大阪は摂津の漁師三十三人が佃島に移住を命じられた。 彼らは大川(隅田川)や、その河口付近で主に白魚などを獲って将軍家へ献上し、また、築地に移転する以前の日本橋の魚河岸での商いなどで生計を立てていたという。 保存食としての佃煮も彼らの知恵と工夫から誕生した。 その三十三人の中に、「清七」と…
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故郷忘れ難く 其の弐

「遊び人の金さん」こと、もうひとりの大伯父、金太郎である。 前出の市之助以上に寡黙な人で、92年の天寿を全うした。 金太郎には全身に刺青が彫ってあった。 背中は弁天様の絵柄だった。 私の記憶は年老いた金太郎しか知らないが、それでも弁天様は鮮明に大伯父の背中に生きていた。 祖母などは眉をしかめていたが、大伯父は自慢らしく…
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故郷忘れ難く 其の壱

昨夜何気なくテレビをつけると、そこにはあまりに懐かしい大伯父の姿があった。 NHKアーカイブス、昭和32年の映像。 昔から続く佃煮屋の暖簾を守った生粋本物の江戸っ子だった。 幼い私を溺愛してくれた大伯父の温もりが蘇った。 祖父の兄だった市之助は婿養子に入り田中姓となった。 断片的な記憶しかないが、今でも脳裏には釜場…
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十三年前に見た夢

佃の狭い路地を抜けると、すぐ目の前を母が歩いていた。 声を掛けると少し驚いたように振り返り微笑んだ。 いつもの優しい笑顔だった。 しかし無言ですぐに背を向けて歩き出した。 その背中を追う。 隅田川に出た。 対岸に用事があり、渡し船に乗るつもりらしい。 やがて船が着き、母が乗り込んだ。 一緒に乗ろうとすると、 (お前…
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