大仏の冬日は山に移りけり


鎌倉へ来たのは思いつきで、本当は東京から離れられればどこでも良かった。
晴れの予報も午後になると雲が出て、日差しが消えた。
京都同様、ここも観光客で溢れ、人混みの中の孤独感が味わえる。

都会の孤独、雑踏の孤独は疎外感や孤独感の普遍的な比喩だが、案外居心地がよい。
こんな自由行動を取れるのも、おそらく今のうちで、都内の繁華街とは異質の体験、行動、環境などが慰めになる。


 大仏の冬日は山に移りけり   星野立子

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秋の風情もすっかり消え、今日はうそ寒い曇天で冬日の温もりは感じられないが、人々のさんざめく声が、ここ高徳院にも土産物屋にも溢れ、行列を成して寒さを排除している。

その行列が車道にもオーバーフローして、道を大きく占拠していた。

歩道が狭い。
鎌倉市内の有名どころは、何年も前から過飽和状態が続いている。

中韓台の近隣諸国はもちろん、東南アジアからの人たちも大勢いて、金ピカのミニチュア大仏などの仏像関連の置き物グッズを大量購入していた。
お土産だろうから、仏教国の人と思われる。


 冬空を見ず衆生を視大佛   虚子


立子の父、虚子も同じ思いらしく、こちらの句は大仏目線で詠んでいる。
娘よりも句意は俗な俳諧テイスト。
衆生を仏心で見守っているとは取りにくい。

面白いとも思えないが、明治大正昭和の50年近くを鎌倉で暮らし続けた虚子にしてみれば、押し寄せる参詣客の多さに句想が動いたのだろう。

一方、短歌ではあまりにも有名な与謝野晶子の歌がある。


かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな


釈迦ではなく阿弥陀との指摘は発表当時からあったが、美男かどうかの判断には個人差があると、醜男の私は別なところで吠えてみる。

男は40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て、と言ったのはリンカーンだが、親の責任だと思う。
しかしストレスを溜めた顔は自分の責任である。

報国寺に寄ってお抹茶を頂き、実はこちらが本当の目的地だった。
ストレスとの道行きでも、軽い気分転換にはなる。

鎌倉の雑踏は、都会とは異質のものだった。
見失っていた「自分」を取り戻せた感覚もある。
大仏様のご利益と感謝。

この数か月で、私の独断で考える日本三大大仏(奈良飛鳥、鎌倉)を参拝、これにてコンプリート。

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