新宿暮色


民宿もっきりやの主人、H氏と会うことになった。
地理的にも資金的にも時間的にも制約を受ける彼は、今回もまた忙しい中での短期東京滞在だ。

どこで待ち合わせるか一任する旨のメールが届いた。
「東京カフェでどう?」
「あそこは潰れた」
「じゃ、ヨドバシの1階で」
のやり取りがあって、無事に再会することが出来た。

それにしても「東京カフェ」が潰れたことは知らなかった。
「場所は良くても回転率が悪かったからじゃないかな」
なるほど、椅子は堅いが、居心地の良いポジションに座れば、確かに長居が出来る店だった。

ヨドバシの斜め向かいの「ルノアール」に案内した。
ルノアールはゆったりできるが、かなり高い印象があって、彼はやや尻込み加減だった。
それでも最近のルノアール事情を説明し、入店した。
セルフではなく、ちゃんと係の人がオーダーしたものを運んでくれるのだが、それにしてはすこぶる安い。
時代の流れである。

思い返してみれば、彼と最後に会ったのは、もう1年以上も前だ。
こちらが忙しいせいもあって、何度か彼が上京しても、敢えて遠慮してくれた。
いつも気を遣わせて、本当に申し訳ないと思う。
思うが、口には出さない。
以心伝心で通じる関係である。
私と同世代なら親友と呼べるのだが、彼は私よりもかなり年長だから、頼りになる先輩、というところか。

積もる話は山ほどあるのに、なぜか会話が弾まない。
弾まなくとも、黙って向き合っているだけでも苦にはならない。
それどころか安心感のようなものもあって、居心地は良い。

一杯やるにはまだ陽が高すぎるので、また以前のように都庁でも昇ってみようと、なし崩し的に意見がまとまって、わずかな距離を西へ歩く。
都庁正面の向かいには都議会の議場があって、
「都知事(猪瀬)は今日もまた目を泳がせながら、苦しい答弁を続けたのかな」
などと話しながら、南側のエレベーターに乗った。

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そろそろ燈灯し頃で、眼下の東京は薄墨を流すように、東方向から暮れかかっている。
我々が知っている東京はそこにはなくて、捉えどころのない茫漠たる大地に、名前も知らない数多のビル群が林立しているのみ。
昔を懐かしんでも意味のないことは承知で、昔の東京を透視してみる。

昔は良かった、などと言うつもりはさらさらない。
そして昔に戻りたいとも思わない。
通過して来た人生をもう一度繰り返すなど狂気の沙汰であって、想像するだけで絶望的な気持ちになる。

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太陽が山の稜線に隠れ始めるのを見ながら、昨日と同じ今日が終わり、明日も今日と同じ一日を生きなければいけないのだな、と諦観するのみ。
人生を四季に例えるならば、我々は今、晩秋から初冬あたりを生きているのだろう。

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都庁を後にして、いつもの居酒屋に入った。
途中、かなりしつこい客引きの若者がいて辟易したが、その若者は私より真剣に生きているなと思った。

死の間際に判ることがあるらしい。
それでも今、かすかな悔恨とともに実感しているのは、我が人生、凡庸であったという現実。
話題の大半が年金問題に終始したのは、それだけ生き辛い今を生きているということか。



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