通勤地獄


健康であれば、年齢に関係なくいつまでも働きたいと思いながらも、相変わらずの通勤ラッシュに一日の体力の半分以上を消費している気がする。
いや、これはまぎれもない事実で、夜、帰宅して、ちょっと疲れたから少しだけ横になろうとコタツにもぐり込むと、気がつけば完全に熟睡してしまい、目覚めたら早朝だったということが度々ある。
慌てて風呂を使い、朝食もそこそこに、また朝のラッシュに揉まれることになる。
車内での立ち位置を誤ると、下車したい駅で降りるのもままならないことがある。
強引に人をかき分け、
「すみません、降ります」
と何度も声を出して、やっとドアまでたどり着く。
ところが今度は、我先に乗車しようとする人たちに阻まれて押し戻される。
「通勤地獄」とは、よく言ったものだ。

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動く歩道を追い越して行くサラリーマンたち。
私だって歩いているのだが、それでも次から次へと抜かれてしまう。
彼らはそうして定年まで昨日と同じ今日を明日も続け、定年まで働き続けるのだろう。

勤勉であることは美徳には違いない。
それは立ち止まることが許されない環境に身を置いているからであって、強いられた勤勉は美徳ではないし、ラッシュの車内に美徳の欠片のひとつだって落ちてはいない。

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仕事に生きがいを見つけられた人は幸せだ。
しかしそれだって、無理やり現実を受け入れた結果、自分の本心を偽ってはいないか。
仕事と趣味、仕事と余暇、いったいどちらに魅力を感じているのだろう。
「趣味は仕事です」
恣意的な表現をさせて貰えれば、
「趣味で仕事なんかやるな! 仕事とは、もっと真剣に取り組むべきものだろう」
と言ってみたくなる。
自分のプライベート時間を切り売りし、自分ではなく、あくまで会社の利益のために働いて収入を得ているのが「仕事」の実態であり本質だ。
誰だって貴重な自分の時間を企業や勤務先に提供する代償として、収入を得ている。

ちょっと肩が当たった、たったそれだけで、ナイフで刺されてしまう東京、そして今の世の中。
加害者はそれが嫌で、日頃からナイフを忍ばせていたという。
日本の人口が減少しているといっても、人は街に溢れ、ハビタブルゾーンを確保することさえ困難だ。
朝のラッシュ以上に終電間近の車内は混み合って、足の置き場もなく、周囲の人に押されるがまま、体は斜めの状態で、電車の揺れ、周囲の揺れに同調するしかない。

一般的には今月の28日頃が仕事納めだろう。
私は大晦日まで休み無しの仕事漬けだから、ラスト三日間だけはラッシュから解放されるはず。
もう少しの辛抱だ。
そうすれば朝の通勤でも座席に座れるかも知れない。
その時はラッキーと喜ぼう。

ちなみに今日は、今から始発電車で出掛けるので、座れなくとも余裕の車内だろう。
こうしてラッキーな日もあるのだ。
でも、生まれてからずっと東京で暮らして来たが、少々疲れも感じている。
生涯現役などは、しょせん無理な話で、老後はなるべく人と関わらずに生活したいものだ。
小沢昭一さん逝去のショックが尾を引き、こんなことを考えている…)


 


 ラッシュアワー


             ラッシュアワー

                        詩・曲 藁谷 雅英


       ラッシュアワーの人混みの中
       大きく揺れる電車には
       むせ返るような人いきれ
       疲れた背広を着た男たちにまじって
       妙にすました女たちがいる

       厚い化粧 満足そうに
       その女たちは
       どの人もみんな同じ顔
       流行の服など上手く着こなして
       あれではまるでマネキン人形みたい

           かん高い話し声は いつ果てるともなく
           響く電車の音にまじり
           週刊誌の広告など話題にして
           着く先は給料配給会社
           着く先は給料配給会社

       かたわらで小さく折りたたんだ
       昨日のスポーツ新聞など
       丸くなって読んでいる男
       女たちの話し声をうるさそうにしながら
       小さな自由を守ろうとしている

       何をあくせくしてるんですか
       肩で大きく息せき切って
       吹きさらしの木枯らし舞うホーム
       急いで階段を駆け上がるほど
       大切なものがあるとは僕には思えないけど

           せわしないほどのベルの音に
           気を揉ませて詰め込まれる山手線
           行くあてもないまま 回りを見渡せば
           今日は師走の月曜日
           今日は師走の月曜日




楽曲提供は中学時代の友人。
それを二重録音したこの曲は、高一の頃だったと記憶している。
もちろん歌も演奏も下手ではあるが、当時はこのリードを思いついて弾き、自画自賛していた。
いわば、以後、リードギターにのめり込むきっかけになった思い出の曲。
まだ、「山ノ手線」が「やまて線」と呼ばれていた頃のこと。




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