じゃ、また来月ね
那須高原辺りを走っている時は、
「ここら辺、放射性物質のホットスポットになってるらしいよ」
の声もあったが、
「いいんじゃない、別に」
「細かいこと考えてたら、今の日本、どこも暮らすとこなくなるよ」
で、窓をフルオープンで走り抜けた。
車内を吹き抜ける風が心地良い。
そのうちに、みんな爆睡し始めた。
誰もが体力の限界と睡眠不足で、疲れ切っていた。
久し振りの東京。
首都高に入ると、さすがに全員が起き出して、
「予想通りだね、この暑さ」
「クーラー入れる?」
「もったいないから入れない、燃費が落ちるでしょ」
今回も、ずいぶん節約しながら過ごした一週間だった。
多くの人から頂戴したカンパは、すべて現地スタッフに渡した。
初めは仙台市内の古旅館に泊まって活動していたのだが、先方のご好意で宿泊スペースを提供してくれた。
それでも畳二十畳ほどの会議室で、東京組の男女6名が雑魚寝の共同生活。
「やっぱ、男女別の旅館の方が良かったんじゃないか?」
「あたしたちと同室じゃ、お嫌?」
「そんなことはないけど…」
「じゃ、構わないでしょ」
Kおばちゃまはいつも元気だ。
まあ、スッピンも見慣れてるし、男性陣のこちらがとやかく言うべきことでもないと納得した。
一日が終って、ボロ雑巾のような姿と、気力だけで宿舎に戻る。
戻ったら、真っ先にシャワーを浴びる。
その繰り返しだった。
でも炊事洗濯は必須。
女性陣は料理担当。
原則カップ麺かおにぎりだが、スタミナをつけなければダメだと、給湯室のガス台でレバ野菜炒めや、生姜焼きなどを作ってくれる。
一方男性陣は、現地スタッフとの打ち合わせや、作業日誌などをまとめる。
その後で洗濯機を回す。
そこへおばちゃまが来て覗き、
「まだその倍は入るじゃない!」
と、女性陣の衣類も投入する。
「一緒じゃマズイだろ」
「なにが?」
「なにがって、オレたちのパンツだって入ってるんだよ」
「だから?」
「……」
「まだ上水道も通ってないところがあるもんね」
「そうだね、無駄しちゃいけないね」
男性陣のシャツやトランクスにまとわりつくように、女性陣のブラやパンツが一緒に回る。
すぐに洗濯機のフタを閉じた。
寝泊まりする会議室内には数本のロープが張られ、部屋干しの洗濯物で満艦飾だ。
朝、目覚めると、目の上には女性陣の下着が見える。
一瞬、自分の置かれている状況が呑み込めなくて混乱するのだが、そんな光景もすぐに慣れるものだ。
それ以上に共通の信念があって、下着がどうの、などはどうでもよくなる。
連帯なのか、修学旅行なのかは分からないが、すべてを明るく冗談にして、「協調」の元に日々が過ぎ、また一日がスタートする。
考えることは皆ひとつ、
「今日も最善を尽くそう」
今回も、強力なチームワーク。
日常的な仕事とは別に、力仕事も多くなってきた。
それはリクエストがあるということ。
正直、そちらの方が堪える。
「ここだけの話だけどさ、毎日筋肉痛」
「実はあたしも」
「僕もそう…」
「ニコヨン、って知ってる?」
「知ってる、知ってる」
今回の東京組はそんな年齢なのだ。
それでも三十分も体を動かしていると、不思議と筋肉痛が消える。
だからつい、無理をしてしまう。
「ほどほどにしようね」
と誰かが言っても、それは頭が考えているだけのことで、体は自然に動いている。
時々、みんながデジカメや写メを撮る。
この惨状を記録して置こうということなのだが、
「東京に暮らす我々が、こうして写真に残すって、ずいぶん僭越で不遜な行為じゃないかな」
そんな合意があって、みんな、ほとんどの画像を消去した。
それでも数枚は残った。
北上川も昔訪れた時の面影はどこにも無く、目の前の現実と、かつての感傷がないまぜになって、心が乱れそうになる。
当時は、その滔々と流れる雄大な景色に感動した記憶がある。
つたない短歌も思い出した。
ゆかりなき町を出でたるその夕べ名も知らぬ川に冴えわたる月
別れ来て川辺を歩く北上の限りある日の落つる早さよ
きれぎれの雲を染めゆく陽に背き頼り無き身の影をいとしむ
写真ではなく、思い出はいつも心の奥に見える。
大学が夏休みに入り、現地もまたボランティアが目立つようになった。
もう少しすれば、今度は高校生や、夏期休暇を利用して社会人も集まるだろう。
ニュースは東北を写し出さなくなり、たまに出るものも、「こんなに復興は進んでいますよ」といった類のものばかりが目立つ。
それは違うでしょ、どこ見てるんだろうね、マスメディアは。
今回は交替時期が来たこととお盆があり、戻って来たが、また来月には現地に入ることになる。
それでも東京を離れている間は、みんな収入が途絶えるから、仕事もシェアして暮らさなければならない。
復興は現地の人たちが中心になって成し遂げるだろうけれど、政治が当てにならないから、せめて復旧まではこのままお手伝いを続けることになる。
現地では、新盆の迎え火を焚く光景も、ちらほら目にした。
スタッフさんの中でも、家を流され、身内を亡くされた方が数人いる。
ジリジリと東京を焦がす太陽。
東京湾からの海風を遮るビル群。
どうして東京はこんな街になってしまったのだろう。
ならば、都心を覆い尽くすような巨大なプロペラを造り、地面が溜め込んだ熱でタービンを回せばいい。
ついでに、羽の表面には、ソーラーパネルを張り付けよう。
などと夢物語を考えながら、首都高を下りて、みんなを送り届ける。
最後に、おばちゃまを下ろした。
「みんなで寝ちゃってゴメンね」
「構わないよ、気にならないし」
「充分に休養してね」
「うん」
「体弱ってると、夏風邪ひくんだよ」
「そうだね」
「節約しなきゃダメだよ」
「分かってる」
「じゃ、また来月ね」

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