霜月も終わる


私が静養中と聞き仲間が駆けつけてくれ、久し振りにオリジナルメンバー4人が揃った。
同世代ということもあり、それぞれが抱える悩みや問題を語り合った。

逝ってしまった人のことや仕事の失敗、健康や病気のこと、一番輝いていただろう時代のこと、それに妻子を忘れて過去の恋愛譚なども出て、歳相応の話題に終始した。

夜更けて寝床で某作家の時代小説を読んでいると、以下の文章があった。

人間には誰しも自分の好みの生き方がある。誰それと結婚したい、庭の広い家に住みたい、金の苦労をしたくない、美しい衣裳が欲しい、優雅に暮したい、――だが大多数の者はその一つをも自分のものにすることが出来ずに終わってしまう、それが自然なんだ。なぜなら総ての人間が自分好みに生きるとしたら、世の中は一日として成り立ってはゆかないだろう、人間は独りで生きているのではない、多くの者が寄り集まって、互いに支え合い援け合っているのだ、――おまえは着物を着、帯を締めているが、それは自分で織ったのではなかろう、畳の上に坐っているがその畳も自分で作ったものではない、家は大工が建て壁は左官が塗った、百姓の作った米、漁師の捕った魚を食べている、紙も筆も箸も茶碗もすべて他人の労力に依るものだ、おまえにとっては見も知らぬこれらの他人が、このようにおまえの生活を支えている、わかるか

言われずとももっともなことだが、わかるわかると読み進めた。
翌朝、みんなに見せると、女房に見せたいとの意見が出た。
それはそうとしても、ちょっと違うんだけどなあ、ともどかしかった。

まあ、自分が誰かに生かされていることに考えを巡らせれば、世の中に毒づくことは少し控えようと思った。
だが、この歳になっても人間が未熟だから、残り少ない人生の将来を描けないまま 社会の暗黒に身悶えたりしている。

時雨亭は私名義で借りていたが、大家さんのご好意で、仲間の一人が購入することになり、契約を終えた。
およそ5年後、奥さんを呼んで老後を送り、終の棲家にするという。
それまでは4人のむさ苦しい男たちだけで、この隠れ家に通い続けようじゃないか。


霜月も終わる.JPG


マウントを取り合う人溢れ東京という窓から過疎地見ている   時雨亭

舌を噛みそうな名の洋菓子屋で舌を噛みそうな名のケーキ指さす滑稽と羞恥

「CQ2メーター、今でも忘れられずにいると伝言願う」霜月半ばの凍てし夜

逢えるかな君は来るかなきっと君は来る髭をあたった朝

何事もひと理屈こねたい人のいて三歩さがって通過待ちする

花も咲かせず実も生さず国の土台支える非正規が明日の米を買う

幸せは人との比較じゃないよ私は私であることを朝に感謝する

ぬばたまの川面に揺らぐ微光あり黄泉の世界は寂として音信不通

むかしむかし夢二のやうな娘ゐて見初めし日からけふ45年

数奇者と呼ばれ山家に隠棲す湘南電車は海を目指すも

芯まで腐った倒木から新芽出ることもあるされど朽木が甦ったわけではない

自らに悲運が巡り来て初めて他人の苦しみわかる、というのはたまらないこと

晴れがましくないステージ3にランクアップこれはドッキリではないらしい

念じ詫びつつ人生のツケを踏み倒すしかない入院の手続き終える

一人の人間はどれほど努力したとてひと通りの人生しか生きられぬ手すさびのギター弾く


タイトルなし。


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