さきたま古墳群


今回はいつも訪ねて来てくださるみなさんには、おそらくとっても退屈な内容です。
かたや私には大ご馳走とでもいうべき内容で、筆(キーボード)が進みます。
たまには好きなネタを書かせてくださいな。
興味ない方はどうぞ遠慮せず閉じてください。

日本の古代史(古墳時代)と漢文のお勉強しますからね。
ほ~ら、もうイヤになっちゃったでしょ?
でも無視して勝手に進めます。

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とても風の強い日で、JR中央快速や川越線、八高線などは強風のためか、朝から軒並み運休とかラジオで言ってました。
すぐ北が群馬県、からっ風が関東平野全体に及んでいるのでしょう。

東京からやや北上して桜前線を追い駆けているようでもあり、この風にも踏ん張って持ちこたえてくれているようにも見えます。
からっ風の正体は赤城颪とも言いますが、筑波颪の影響だってあるかも知れませんね。
(個人の感想です)


  空風や風土記墳墓の丸裸   時雨亭


からっ風は冬の季語でした…。



駐車場から石田堤跡上を歩き、丸墓山古墳へ。
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丸墓山古墳頂上からの眺め。
足元の墳墓はまだ未調査で、5世紀末にこの地域を治めた大豪族が石室内で眠っているのでしょうか。
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かつて忍城攻めの折に石田三成が陣を張った場所であることは、あまりにも有名ですね。
三成が立って眺めたであろう同じ場所は桜が満開でした。
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丸墓山古墳頭頂部から眺めた稲荷山古墳。
左奥には小さく筑波山が見えています。
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先ずはこの地方の古墳の概論から述べますが、さきたま古墳群は5世紀末から7世紀にかけて成立したと考えられ、これはほぼ間違いのないことと検証済みのようです。
ここは東日本でも古墳時代後期に於ける大古墳群で、大観すればほぼ同時期には大和地方とは別に吉備、丹後などにも同規模同種の古墳が造営されています。

金象嵌で銘文が刻まれた鉄剣(国宝になりました)を出土した稲荷山古墳は、墳丘長120メートルの比較的大規模な古墳で、北関東一帯ではほぼ同様の古墳が5世紀にいくつも造られています。
参考までに同じ埼玉県内では東松山市にやはり120メートル規模の野本将軍塚古墳がありますし、群馬県藤岡市の白石稲荷山古墳は墳丘長約150メートル、高崎市岩鼻二子塚古墳110メートル、同市上並榎(かみなみえ)稲荷山古墳120メートルなど、100メートルオーバーの古墳が存在します。
場所を移して常陸の国では、5世紀前半にはすでに茨城県南部の石岡市に墳丘長186メートルの船塚山古墳が造営されています。

もう退屈して来ましたね~。(笑)
でも続けますよ~。

この頃になると一部を除外して、原則として西日本では大型古墳が造られることはなくなります。
それに対して関東では、中央の畿内王権の流れを汲む前方後円墳様式の造営や復活などが見られます。

6世紀に入るとさすがに規模は縮小されますが、それでも畿内と比較すれば、大和では20基、河内12基、山城5基、摂津2基であるのに対し、関東の上野97基、常陸38基、上総28基、武蔵26基、下野16基、下総11基などが確認されています。

さて、これらが意味することは、もうおわかりですね。
当時、関東は畿内の王権と密接に結びついていたわけです。
その証拠が稲荷山古墳出土の鉄剣なのです。
科学的な検証から、制作されたのは西暦471年が定説となっているようです。


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さて、いよいよ鉄剣に刻まれた漢字のお勉強です。
正確には「稲荷山古墳出土鉄剣金象嵌銘文」といいます。
※ 画像はWiki から無断でパクりました。(*^^)v

漢字といっても確認ができないので、資料を写します。
こちらは表とされている部分で、以下の記述があります。

辛亥年七月中記乎獲居臣上祖名意富比垝其児多加利足尼其児名弖已加利獲居其児名多加披次獲居其児名多沙鬼獲居其児名半弖比

なんのこっちゃ、ですね。
そこで文節を区切ってみました。

辛亥年七月中記
乎獲居臣
上祖名意富比垝
其児多加利足尼
其児名弖已加利獲居
其児名多加披次獲居
其児名多沙鬼獲居
其児名半弖比


これでもわかりません。
1音1語の羅列は、英語に馴染むための入口であるローマ字のようなものと思えば良いのですが、ここまで来ると、もうほとんどの方が脱落しているかと思われます。
お疲れ様でした、ではまた。(@^^)/~~~

戻ります。
なので解釈は様々ですが、わかりやすく意訳してみましょう。
あなたと私の我慢比べです!

辛亥の年(471年)の七月に記す
我の名はヲワケの臣
先祖の名はオホヒコ
その子の名はタカリのスクネ
その子の名前はテヨカリワケ
その子の名前はタカヒシワケ
その子の名前はタサキワケ
その子の名前はハテヒ


別に大したことが書いてあるわけではありません。


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では裏面を見てみましょう。

其児名加差披余其児名乎獲居臣世々為杖刀人首奉事来至今獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時吾左治天下令作此百練利刀記吾奉事根原也

これも区切ります。
表からの続きのようなものですが、後半が肝心の部分です。

其児名加差披余
其児名乎獲居臣
世々為杖刀人首
奉事来至今
獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時
吾左治天下
令作此百練利刀
記吾奉事根原也


でもって、再び意訳するとこうなります。

その子の名前はカサヒヨ
その子の名前はヲワケの臣
先祖代々杖刀人のオビトとして仕え今に至る
ワカタケル大王の寺がシキの宮に在る時
我は大王の天下治世を助けた
百回も叩いて鍛えた刀を作らせ
我が大王に仕えた由来を書き記す


少し詳しく解説します。
オビトは「首」であって、畿内政権の大王の親衛隊長といったところです。
でもここが大切で、ワカタケルに仕えていたと明言しているわけですから、当時の国内ではすでに畿内の支配が関東まで及んでいたこともわかります。

ワカタケルが雄略であることは、ほぼ間違いのないことと思われます。
西暦513年前後に編纂された宋書や梁書の中の「倭の五王」の「武」であることも考証が進んでいるようです。
ちなみに当時はまだ「日本」ではなく「倭」でした。
「日本」が登場するのは7世紀後半からです。



奥は住宅街に隣接した将軍山古墳。
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雄略といえば万葉集の最初に登場する歌が知られていますね。
蛇足ながら以下の長歌です。


籠よ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそ座せ 我こそは 告らめ 家をも名をも


カゴとヘラを持って山菜取りしてるそこの彼女~、家は何処? 名前も教えて! ボクはね、実はこの国を治めているんだよエヘン、家も名前も教えるからさぁ…。



万葉集なので原本は失われているけれど、漢字オンリーの書物でした。
新元号発表の時は大騒ぎでしたね。
なんだかな~、と思う人もいれば、素直に受け入れて歓迎する人たちもいて、少し違和感があったとしてもすぐに慣れることでしょう。

安倍さんは「我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書」と、万葉集の「梅花の歌」を持ち上げていましたが、これは大伴旅人が後漢の張衡の「帰田賦」や王義之の「蘭亭序」を念頭に置いた本歌取りなので、国書というには無理がありますし、漢籍ではないと強調するのも的外れでしょう。

安倍さんつながりで書きますが、特に印象深かったのは安倍さんと大の仲良しの元作家?で現構成作家?の百田某さんで、この人は中国大嫌い、韓国大嫌い、朝日新聞大嫌い、ヘイト大好きの典型的なアチラ方面の方で、最近はハングル文字を目にするのも気に食わないと言い放つ人ですから、日本の教育から漢文を外せ! とビックリ発言をしたのでこちらがビックリしたと同時に、万葉集の何たるかも知らないこの人なら言うだろうなと、妙に納得してしまいましたが、無知を晒す姿は痛々しくも哀れです。

不快な余談でしたが、そもそも漢籍、国書、漢文の素養や基礎知識がなければ、中国の古典や以後の主義主張に反論どころではなくなるでしょうに、新元号が万葉集から採られた、たったそのことのみを大はしゃぎで歓迎した、とにかく不思議な人です。
中韓に文句があれば直接行って主張すればと思うのですが、おそらく両国からは入国禁止になっているのではないでしょうか。
(この辺りは私の思い込みなので真偽のほどは不明です)

雄略が公権力を行使した時代が、どのように歴史的に位置付けられるのかを、中国や朝鮮半島など東アジアの国際情勢の中で考えることは大切です。
当時を探る資料としては記紀がありますが、これらは8世紀に編さんされたものだけに、特に日本書紀は当時の権力者によって都合よく作られた可能性が高く、信ぴょう性や資料性に大きな疑念が残ります。
(はっきり言いましょう。天武、持統、不比等たちによる改竄や創作の疑念です)

これに対し、高句麗広開土王(こうくりこうかいどおう)の碑文は倭を外から見て記録した資料で、西暦391年から407年の高句麗王の対外戦争などの軍事的功績を詳しく記し、倭との戦いの記事もあります。
日本国内の史料ばかり漁っていると、とんでもない迷路からとんでもない出口に向かう恐れが存在することを肝に銘じるべきではないでしょうか。

いずれにせよ、稲荷山古墳から出土した鉄剣とそこに刻まれた漢字百十五文字は、20世紀日本考古学の最大の収穫といってよいでしょう。


そして誰もいなくなった…?
まだまだ書き足りないことばかりですが、さすがにここまで読んで下さった奇特な方はいらっしゃらないと思われるので、もうやめます。







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この記事へのコメント

やじろべえ
2019年04月30日 23:20
最後までしっかり読んで頭に入れました。(笑)
兎に角友情に篤い安倍さんがバックにいるので百田某さんも元気なのでしょうね。総理と桜を観る会?ではツーショットで写り、我が世の春を謳歌しているように見えました。
2019年05月01日 07:06
おはようございます。
キターーー\(^o^)/雄略天皇!
大長谷若建命。(私、古事記大好きなので)
暴君。強気。
国内をまとめた・・なんて言うとカッコイイですが
いやはや信長の如くの大王だったような。

はい、こういう記事、めっちゃ好きです!
古墳時代から好きです(笑)
さきたま古墳と郷土博物館にも行ってみたいです。

連休はごゆっくりでしょうか。
時雨亭
2019年05月01日 07:52
やじさん、お早うございます。
ツーショットの写真、私も見ました…。
某さんといえば直近では「日本国紀」が、Wikiからの無断転載騒動がありましたね。他にもいろいろあって、言葉は巧みでも文章は苦手なのではないでしょうか。作家と名乗るならご自分で考えてお書きなさいな~、なんて思います。(笑)
時雨亭
2019年05月01日 08:24
押忍、姐さんお早うございます。
以前からユニークな方と思ってたっス。
鉄子でマンホーラーで歴女でニャンコ好きで等々…。
増々姐さんのブログから目が離せなくなります。(^_^;)
こちらも安心して好きなネタを書く勇気を貰いました。<(_ _)>
実はマンホールの画像も集めていて、
都内すべてをコンプリートしようと目論んでます。
(正確には「丸型人孔」ですね)
但し汚水、雨水、下水の区別が曖昧のビギナーです…。

連休もそこそこ忙しいっス。押忍!
2019年05月01日 10:56
私も最後まで(動画も)しっかり拝見しました。
頭には、あまり入ってないかもしれませんが😅
日本のこの時代のことは、あまり知ろうと思ったことは、ありませんでしたが、こちらの記事で、少し 身近に感じることができたと思います。
月並みですが、ロマンを感じました。
難しくても(私には😅) 苦手意識を持たないで、今回の記事を再度、詠み直してみようと思います。
少しは、利口になるかもです💦
私が言うことではないけれど、どうぞ これからも書きたい記事を書いてください! 一生懸命、ついていきます(つもり💦)。
2019年05月01日 13:55
押忍時雨にいさん
マンホールは絵蓋ですよね。
古いのも江戸にはありますから、古地図も参考になりますッス。
川の流れを見たりなんかしっちゃったりッス。
(舌噛みそうッス)
それから「燈孔」ってのも探すの楽しいッス。
私は漢字異字体角蓋が大好きです。
なお「雨水」は直ぐわかりますッス。
蓋に丸い穴が開いてますッス。
細かく話すと何文字になるかわからないので
終わりますッス(-_-;)
コメント返しは要らないッス
時雨亭
2019年05月01日 17:55
わらびさん、こんにちは(もうこんばんは?)。
当の私すら動画は2、3分しか見ていません。
貼り付けて置きながら申し訳ございません。
今からしっかり見ますっ! <(_ _)>
現代に疲れると遥かな昔に想いを馳せて現実逃避します。
弥生後期は土地争いや権力闘争に明け暮れた時代だったとしても、今とは比べるまでもなく自然豊かで季節の移ろいを体感できたでしょう。大好物のカツ丼や天丼やうな重は我慢するにしても、それらを凌ぐ魅力に溢れた時代だったと思います。
で、一週間程度なら寝袋とレトルト食品持参でタイムスリップしてみたいです。でもね、同じ日本に暮らしながらおそらく言葉は通じないでしょうし、刺青とか苦手なので関わるのは危険でしょうね。と最初から脱線しまくりですが、人の好みは百人百様ですから、自分が強く関心を持つ趣味を深めるのが一番ですね。私は独り遊びが好きなので、わらびさんに倣って無心に編み物をしてみたいです。(*^^)v クリエイティブな作業は建設的で前向きで激しく憧れます。
今回の内容はどんなに書いても何も創造しませんが、素人の古代史ファンとしてたまにはチマチマ載せようと思っています。
楽しいデス。(^^ゞ
時雨亭
2019年05月01日 17:56
押忍!
「燈孔」っすか?
さっそく調べるっス。
2019年05月03日 21:59
某さんはたしかに勉強不足で恥ずかしい人ですね。いや~今は表にはろくな人が居ないから。それにしてもこんなすごいものがあるなんて侮れませんね。埼玉は熊谷で降りるのかしら。行ってみたくなりました。熊谷は埼玉の教員試験の時に行ったきりです。日本史なんて勉強をしたことがないわたしですが、この世間の騒ぎにひたすら本を読んで「アマテラス」から「伊勢神宮」まで勉強です。あはは・・・
時雨亭
2019年05月04日 00:59
 国のトップを始め、アチラ方面のお考えの方々には櫻井某女史と共にオピニオンリーダー的存在なのでしょうが、単なる偏狭(偏狂と言うべきでしょうか)思想集団の中にあって、ご本人は高邁なつもりの主張でも低い教養が透けて見えて悲哀を覚えます。私も大人げなく拙ブログで低レベルの同じ土俵に上がってしまい、忸怩たる思いで反省しきりです。
 埼玉県はほとんど知らないに等しいのですが良いところは多そうです。最寄り駅は高崎線の行田や吹上のようですが、熊谷辺りからのアプローチが確実そうですね。

〈偏狭で粗暴な思想が蔓延し阿鼻叫喚の国それがニッポン 時雨亭〉
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