我が良き友よ


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4月4日の中野。
昨年の12月12日以来である。

その時は約40年振りに懐かしい旧友と再会を果たし、帰り際には感涙に咽びながら次回の約束をして別れた。

年が改まればすぐにでもまた会おうなどと言ってしまったが、こちらの都合で予定が立て込んで年度末までどうにも身動きが取れず、やっと今日に至った。

私の不徳の致すところであり、言い訳の1ミリもできない。
それでも快く待ってくれた旧友はかつて高校時代からの無二の親友であり、ありがたい存在としみじみ思った。

中野サンプラザは近いうちに再開発の対象としてどうにかなってしまうらしく、ならば見納めて置こうとの意識が働いて画像に収めた。

2010年に逝った親友Aはここで挙式を挙げ、そのまま私たち友人はここで一泊した。

それは土曜日だった。
私がその日しか空いていないので、わざわざ私の仕事の都合に合わせて式の日を決めたお人好しだった。
人が良すぎるにも程があるが、それが親友の証しと、大きくスケジュールを変更してくれた。
しかし以後、私は新妻から嫌われたようだ。
然もありなん、申し訳ないことをさせてしまった。

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中野通りの桜は満開。

ウイークデーというのに、旧友も私の都合に合わせて仕事を休み、わざわざ中野まで出て来てくれた。
誰も彼も私の勝手に付き合ってくれて、ただただ感謝の気持ちと申し訳なさの思いしかない。


午後1時に合流。
ガード横のガスト(2F)で昼食。
そのまま同じビルのB1のルノアールで食後のお茶。
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彼は卒アルを持っていないということなので持参した。
懐かしい顔が次々に現れ、ああ、こんな奴あんな奴もいたっけ、あのバカはどうしようもない本物のバカだったとか、あいつはバカのくせして勉強しなくても常に成績が良かったなどと懐旧談は尽きない。

他にも個人的に撮ったツーショットのスナップも持って行ったのだが、プライベートなので特に秘す。
我々もどちらかというとバカの部類に属していたので、ここではとても書けない愚行の数々の答え合わせもして、こりゃ二人で墓場まで持って行くっきゃないと固い男の約束をした。
もちろんスナップは絶対に開陳できない。

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サンモールを北へ歩く。
この先は中野の聖地、ブロードウェイ。

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昼飲みできる店を探す。
24時間営業の飲み屋の多さに驚く。


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込み入った話になるのでざっくりとしか触れないが、聞いてみればこれまでの40年間でこちらの想像も及ばない艱難辛苦の逆境に見舞われた由。

それが現在進行形だから、聞いていて心配になる。
ところが彼は現実を粛々と受け止め、こんなにしっかりした立派な男になっていたかと、我が身に比すのも憚られるほどの大人物になっていた。

一方、彼は私の話に、大変なことばかりだったんだなあと驚き、そんなに大変だったかなあと私こそ不思議な感覚になった。

それにしてもよくぞ私を探り当ててくれたと感心することしきり。
過去十数年間の拙ブログのほとんどを読み込み、それでもこちらは正体がわからないように気を配っているので、様々なアプローチで姓名を調べ、確信が持てない部分は彼の仕事上で知り得る情報を駆使して我が家の住所を調べ、恐る恐る葉書を出してみたとのこと。

但しこれは様々な私の情報を熟知する彼が点と点を結び、つなぎ合わせた結果であって、一般の方は私にたどり着けないようになっているので悪しからず。

あまり書き過ぎると余計なことにも触れそうになるので、今回はこれにて終了。
胸のど真ん中にとても明るく穏やかな草原が出現した気分で、限りなく心地良し!

去年は悪いことの連続だったが、彼との再会がベストワンのビッグニュースだった。
瞬時に俺、お前で語り合えるなどとは思いもしなかった。
ありがとう、死ぬまで親友でいさせてくれ!



※ おまけで昨年末に会った折の画像をキャプション抜きで並べます。

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※ おまけ 2 彼が頻繁に訪ねて来てくれた中野の下宿から。
   (中野サンプラザが見える)
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※ おまけ 3 彼が撮ってくれた、勉学にいそしむわたくし。





※ おまけ 4
   都立のバカ高校に入り、彼と知り合った頃に自作した曲。
   自宅で二重録音したので近所迷惑だったろう。
   (コレ、以前にアップしたかも知れぬが、確認するヒマなし)
   新入高校生としたらこの程度だろうが、詞が噴飯物で赤面っ!
   つーことは、かれこれ半世紀も昔の音源。

 


          一 人 旅

                       
    どこに向って歩いてるの
    僕の疲れた心
    あの町この町訪ねて来て
    まだ見つからない僕の町

       ちっともつらくはないはずだけど
       汽車の窓に顔を映して思う
       一人旅にも飽きてしまった


    あてのない一人暮らしは
    いつしか時の流れとともに
    僕をあの部屋から連れ出して
    あてのない旅へと誘った

       いつの間にかまた汽車の中で
       窓の景色をぼんやりと
       ながめながらため息ひとつ


    いったいどこまで行けばいいの
    どこまで行けば僕の町が
    僕の疲れた心を
    なぐさめてくれる町が

       ひとり言だね僕の旅は
       誰も見ていてくれないさ
       ため息ひとつ一人旅





※ おまけ 5





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この記事へのコメント

2019年04月17日 21:57
こんばんは!
勉学にいそしむ時雨亭さん・・素敵ですね(#^.^#)
時雨亭
2019年04月18日 00:03
こんばんは。
そちらは東京より暖かいというか、
暑いくらいの陽気とニュースで言ってました。
春を飛び越して夏日とかびっくりです…。

当時、大学は別々になりましたが、
彼は帰途に度々寄ってくれました。
今ならスマホ片手に調べものでしょうが、
広辞苑抱えて何やら時代を感じますね。
タイムマシンに乗って行って、
「髪切れ!」と言ってやりたいです。
勉学は身に付きませんでした。がっかり。(/_;)
2019年04月18日 09:34
おはようございます。
ひゃー❗カッコいい❗
だから時雨亭さんのお勉強してる写真。
きっとチョコレート渡すと思います。
旧友であり親友だなんて素敵ですね。
女性で仲良かった人たち、今どこでどうしてるのかな。
急に考えました。
時雨亭さんのお友達、いいかたですね。
それって時雨亭さんの人徳ですからね。
ずっとずっと親友だなんて、可愛い❤️
思い出の時間は宝ですね。
いいお話でした。

チョコレート、渡したかったなぁ。
時雨亭
2019年04月18日 21:03
昼間のファミレスなどはいつもオバサマ方の女子会…。
ずいぶん盛り上がって楽しそうです。
新しい友人でも旧友でも話は尽きないんでしょうね。
賑やかで羨ましいことです。

こちらは私と違ってずっとずっとカッコ良くなっていた
旧友がいまだに若々しく羨ましい…。
ずいぶんモテるのではないでしょうか。
良い友人に恵まれた人生だと思っています。

チョコは大好物なので、
頂けるものならぜひ頂戴したかったです。
食べ過ぎるとニキビが気になるお年頃でしたが、
そんなこと構いませんっ。
要らないっ! と拒否られても
第二ボタンを差し上げたかったです。(笑)
2019年04月20日 14:49
時雨亭さん、本当にすてきな ご友人に恵まれていらっしゃいますね!類は、友を呼ぶ、ですね!!😉
カラオケの「落陽」私も大好きで、どこでも 必ずと言ってもいいくらい歌います! みやげにもらったぁ~あ~ サイコロ ふたつぅ~🎵手の中でふればぁ~あ また ふり~だぁしに~🎵
残念ながら「Michelle」は、歌えませんけど😆
頭いい、面白い、イケメン! モテないはずないですね!!
歌も声もとてもすてきです!!
あ~~、もう言うことないじゃないですか!!😆😆
時雨亭
2019年04月20日 19:25
こんばんは。
私が危なっかしくしっかりしていないので、
見るに見兼ねて手を差し延べてくれるのだと思います。
ハラハラさせ通しだったんでしょうね。
友人知人たちには申し訳なく頭が上がりません。

カラオケで交互に曲を入れて歌ってたら、
「ギターは上手いけど歌は下手だなあ」と、
面と向かって言われちゃいました。(一一")
ズバッと本音を言ってくれる快感がありました。(^^ゞ
二人でこっそりヒトカラ(独りカラオケ)で練習して、
再度また一緒に歌おうと約束して別れました。

もし仮に良い部分があったとしても、
未だに根本的に人間性が未熟なので、
確かに何も言えません。
心の底からトホホの嘆き節が出ます。
これからはひっそり静かに生きようと思います。
2019年04月29日 20:30
わあ~わたしもタイムスリップしてしまいそうです。あの頃、こんなすてきな歌をつくっておられたんですか。誰かに似ていますね。思い出せない。わたしもファンクラブ作ってあげたかったな。昔こんなネットの世界があったらね~。残念。それにしてもとても仲良しだったんですね。率直に40年間を飛び越えてそんな風に語り合える人間関係ってすてきですね。わたしにはできそうもない。羨ましいです。この歌、いまでも通用しますよ。これは音源は?今はレコーディングするまでもなく、ネットでこうして流せるから。
あの頃、わたしは勉学にいそしんでいました。で、クラスにバンドを作るんだと上京した人がいて、今は広告代理店?のようなことをしているのかな。その友人に「高校時代に、お前に作詞してもらったんだぞ。今でも大事に持っているよ。送ろうか」と言われ真っ青。彼はそれほど有名でもないバンドでがんばっていて、ここ数年、フェイスブックで繋がってるけど、旧バンドのメンバーとよく渋谷でライブやっているらしい。わたしは恥ずかしくてまだ会いに行けない。
時を飛び越えて親交を温められるのがとにかくすばらしいね。

中野は息子が住んでいる町。わあ、懐かしい場所ばかり。サンプラザなくなるんですか。去年入ったような。
時雨亭
2019年04月30日 06:20
おはようございます。
平成の30年間を飛び越して昭和へ逆戻りした日でした。
すっぽり抜けた平成の御世は老いるための助走期間だったとしか思えず、今日も今日とて夜9時過ぎには寝床に潜り午前3時には起床、などと健全?な毎日です。御多分に漏れず会話は健康に関する話題が多く、互いの老いを確認した日でもありました。
当時はカセットテープかオープンリールしかなく、当時の録音は2台のテレコで雑音混じりのダブルトラックで満足していました。世の中には多くの素人さんが自作曲を作り、それらの中には名曲も多数存在したでしょうに、世に出ぬ間に埋もれて行くのでしょうね。そこに思いが及ぶと、現在もライブなどで演奏されている曲は間違いなく名曲なのだと思います。渋谷のライブハウスも栄枯盛衰を繰り返し、私が出た店も大半は店を閉じました。ジャンルや流行りは時と共に移ろって現在のミュージックシーンには疎く、音は自然界が奏でる草木のざわめきや虫たちの合唱、それに童謡などを好むようになりました。気づけばここ数年CDも買ったことがなく、それを寂しいこととも思わなくなりました。
それ故、旧友との再会は新鮮で楽しく、心の底から自分を解放できた気分で驚きでした。中野の街は変わったようでいて変わらない部分も多く、変わったのは行き過ぎる人たちなのでしょう。単なる世代交代だけのような気がします。渋谷のライブはぜひ聴かせて頂きたいと思いました。
だらだらと思いつくまま、朝から失礼しました。
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