残照


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時雨亭の往復時に遠まわりしてこの風景を眺めることがある。
残照を人生に重ねて見入ったり、瞑想で心を無にしたり…。

なんちゃって瞑想だから、座禅修行の初歩のまた初歩程度の行である。

しかし耳を研ぎ澄ませば、風に踊る草たちのさんざめく声が聴こえ、はたまた麓から人の暮らしの音がして、またそれが雑念や邪念になる。

生まれてから喰って寝てをずっと繰り返し、ただそれだけのために生きていたことを恥じる瞬間もあり、安易に流され続け、これもまた我が人生の蹉跌だった。

里山を去ればまた日常に戻る。
すると、いとも簡単にしたたかな世間に揉まれ、俗塵に塗れるから癪である。


山里にひとりながめて思ふかな世にすむ人の心づよさを   慈円


新古今に採られたこの歌は、諦念や羨望が混在していて琴線が共鳴する。
生き馬の目を抜くことばかり考える人たちが溢れ、何とも生き辛い世の中である。
もっともっと、したたかに生きなければ社会に負けて窒息しそうだ。



今日11月10日は、ある方のご命日で、お名前を谷村遥さんという。
享年51の若さだった。

以下、年譜と略歴

1944・6・4
  東京築地聖路加病院にて父・吉崎康治、母・静江の長女として誕生
  父・康治応召出征・翌年北支にて戦死 母の実家(板橋)に転居

1947
  母がヴァイオリンを渡辺季彦氏に就いて稽古するのに同道していたが、
  この年より自分も同氏より指導を受け始める。
  これ以降、死去するまでの48年間継続して指導を受ける。

1948
  自由学園・幼児生活団入学、ピアノを習い始める。

1949
  酒田富治音楽教室にてピアノによる音感教育を受け、
  以後終身、音感教育の研究を継続、その理念による指導を行う

1951
  板橋区立志村第六小学校入学・母と谷村姓に復籍

1957
  同校卒業、私立明星学園中等部入学
  祖父母と共に杉並区久我山に転居

1958
  朝日ジュニアオーケストラ世田谷教室に参加、
  指揮者・呉泰次郎氏(故人)より指導を受けると共に、
  同氏の懇望により中学生にヴァイオリンを教え、
  同オーケストラの指揮をしたこともあった

1960
  明星学園高等部に進学(祖父母死去により田無市に転居、のち中央区晴海に移る
  転居後、近くの児童、学生等にヴァイオリン、ピアノを教えるかたわら
  毎年春秋、成人コンサート(旧門下生、知人)、
  現門下生コンサートを開催、多くの子弟の音楽教育に当たる

1961
  明星学園高等部一年次終了時、都立日比谷高校に転校

1963
  同校卒業、立教大学理学部物理学科に入学

1970
  修士課程修了後、博士課程進学、同級生と結婚(養子縁組)

1975・10・31
  長女誕生、博士課程中退、離婚

1995・1・8
  ルーテル市ヶ谷センターにてヴァイオリンリサイタル

1995・4・2
  現門下生コンサート

1995・6・10
  成人コンサート

1995・11・10
  長野県茅野リバーサイドホスピタルにて死去
  東京都世田谷区北烏山西蓮寺に葬られる



亡くなられる年の1月8日(sun)、ルーテル市ヶ谷センターで行われた際の音源が、ご遺族によってCD化された。
谷村さんが晴海時代の薄いご縁だったが、限定非売品にも関わらず、私などのような者にもお気遣いくださった。


J.S.バッハ 無伴奏パルティータ 第2番 ジーク BWV 1004



ブラームス ヴァイオリンソナタ 第3番 第2楽章 作品108  ピアノ 郡山由美子さん



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画像人生の残照というには、あまりにも素晴らし過ぎる演奏だっただけに惜しまれて仕方ない。

このCDを聴きながら東京に戻った。
俗塵に塗れるものか。
誰も見ていないところで、最後にもう一度か二度くらいは人生を輝かせよう。

まずは時雨亭滞在中、将棋で二勝三敗と負け越したので、そのリベンジである。

待った三回まで許されるヘボ将棋なのに、敵(かたき、と読んでください)は一度も待ったを行使しなかった。
PCのソフトなら何回でも待ったを受け入れて負けてくれるのにさ、面白くない…。

感想戦で悪手を糾弾された。
私は褒められて伸びるタイプなのに、それを無視した無礼な敵である。
けなされるとイジケるタイプだと知らしめなければいけない。
棒銀で急襲をかけながら穴熊を組み立てる手順や、詰将棋をもっと勉強して出直そう。

画像その次は、よく聞くナシゴレンという面妖な名の食物を摂取してみたい。
(梨は混入されていないらしい)
ロコモコもおそらく一度も摂取していない気がする。
(ロコモーションを連想するよね、しないかなあ)
味覚は保守的だから、馴染んだチャーハンでいいや。

で、明後日は父の命日
納豆が好きなのに、たっぷり糸を引くまでかき混ぜて粘らせるのが大嫌いだった。
納豆好きの風上にも置けないジジイである。
最期は寝たきりで呆けたまま逝った。


 きのふよりすなをでいましょ小六月   時雨亭

 そろそろお別れです揺れて呆けて枯芒

 里に来て吾に憑りつく鎌鼬

 枯れ尾花人の欲深さを嗤ふ



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この記事へのコメント

美代子
2018年11月10日 21:02
 お久しぶりです。お元気のご様子で何よりです。人生にもいろいろありますが、これでいいと言う人生なんてないのでしょうね。時雨亭さんは、私から見ると、とても時雨亭さんらしく生きていらっしゃるように思います。結局は自分らしく生きることが一番ですよね。それこそ、みんな違ってみんないいのではないでしょうか。笑。納豆が美味しい季節になりましたね。私の実父も11月が命日です。<野山の錦朴念仁の忌日くる>
時雨亭
2018年11月11日 01:47
 日本人はお米を食べる。しかし食べ続けて不老不死の命を得た者はいない。ならばお米は毒ではないのか、などつらつら考えたりしてます。でも新米に納豆は最高ですね。今回は稲藁の納豆菌の存在を試すべく試行錯誤を繰り返しました。そこそこの出来で、藁には確かに納豆菌が存在していることを確認しました。でもあまり糸は引きません。新藁だったからでしょうか。次に既存の納豆を少量混ぜたら大成功でした。東京に持ち帰りご近所に配って株を上げました。<藁苞納豆ひふみよいむな土産にす>
豆太郎
2018年11月13日 18:44
技術等に優れた大勢の無名の方々がいらっしゃって、
様々な分野の裾野を広げているのですね。
時雨亭さんもCDに残しませんか。
クラウドファンディングにして頂ければ、
定期預金を解約して全額投資します。
対価はCD10枚と月イチでもブログを続ける事!
いかがでしょう。
きらら
2018年11月14日 13:23
私も出資します!!!
でもDLしてPCで簡単に作れますよね。
それでもみんなと一緒のCD持ちたいで~す。(^^♪

豆太郎さんはログイン出来るんだから、
時雨亭さんが忙しい時は豆さんが書いたら?
イッコーさんやMクンの例もあることだし・・・
豆太郎
2018年11月15日 21:08
以前はお誘いを受けた事もあるんです。
でも時雨亭さんの才能に圧倒されて尻込みしました。
皆さんに読んで頂けそうなネタも思い浮かびません。
きららさんこそ如何ですか。
文章と画像を送れば上手に仕立て上げてくれるはずです。
時雨亭
2018年11月17日 16:45
ぼちぼちブログは続けるつもりでいますが、
きららさんにお任せすると毎回炎上確実に思われます。
火消しは簡単ですし、かなり面白いブログになりそうですね。
難点は、多少でも身を削るケースが出て来ることです。
私は自身の身を10パーセントくらい削って書いてます。
残りの90パーセントは秘匿して何とか続けてます。
まあ書きたい時に書けばいいだけのことで、
つまらない継続主義に拘っていた頃は、
どうしてもパスが出来ませんでした。
なので現在は不定期で勘弁してもらってます。
自分の半径5メートル圏内を真剣に生きていると、
なかなか頻繁にアップというわけには行かなくなります。
CDはもう時代遅れだそうです。残念でしたね~。(^^)v