不耕徒食の罰


世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり遊びぞわれはまされる   良寛

世間とまったく関わらぬつもりはないが、独りで内面を見つめる孤高の精神に遊ぶことこそ、わしゃ一番だと思うんじゃ、と良寛さんは言っている。

尋ね来る人がいれば拒まず、子供たちと遊ぶことを無上の喜びや楽しみにしていた良寛さんでも、こんな心持ちになる時があったのかと、激しく共感する。

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十月桜を見に出掛けた。
もちろん独りである。

無心に花や蕾を眺めていると、人生の寂寥を噛みしめている仄かな主情のような感覚が生じ、この歳になって、やっと桜の本当の美しさがわかった気になる。

春に咲く桜も冬の桜も、意外にも、どれもがバラ科と知ったのはずいぶん昔のことで、騙されたと思ったことを覚えている。

誰にも騙されちゃいないのに、そう思った根拠はない。
きっと、世界は自分中心に回っていると勘違いしていた大馬鹿野郎だったのだろう。

最近はSNSとやらで他人の目を気にしたり自慢したりと賑やかだ。
そんなことにばかり気を持って行かれたら身が持たないのではと、口には出さぬが、ぼんやり遠望している。

偉そうなこと、さもわかったようなことばかりを綴り、反省もしてみたりもするが、すべて形だけである。
四十而不惑、なんて真っ赤な嘘。
四十なんてとっくの昔に通り過ぎた。

歳を重ねれば、世の中のさまざまなことに対応できるのだと、若い頃は何の根拠もなく思っていた。
対応とは、黙って見過ごすことだった。

帰宅して一茶の句集を開いた。


耕さずして喰ひ、織ずして着る体たらく、今まで罰(ばち)のあたらぬもふしぎ也

 花の蔭寝まじ未来が恐ろしき   一茶


作らずして喰ひ、織らずして着る身程の、行先おそろしく

 鍬の罰思ひつく夜や雁の鳴   同



句会や添削などの収入で日々の糊口をしのぎ、常に不耕徒食の罪業を恥じながら生涯を閉じた一茶の慚愧の心情が、また共感を呼び起こす。


休耕地を借りて畑でもやろう、では誰に頼もうかと知り合いの顔を思い浮かべる。
それでもやはり私は孤独でいることに執心し、その闇に安住するのだろう。

善意を逆撫でされた怨みを買うだけと、結果が見えるから簡単に断念する。
単純に第一次産業に従事しようということではない。


一方、良寛は、師である国仙和尚の「一日作らざる者は一日食わず」の戒めを生涯守り抜いた人。

良寛や一茶に魅かれるのは、かつて越後や北信濃に縁があったからだ。
彼の地に降る雪は、いつ根雪になってもおかしくない季節である。

 長き夜や心の鬼が身を責める   一茶

一茶は良寛の五年後に生まれ、三年早く亡くなった、共に同時代人である。
しかし、交流などの記録は一切ない。

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