流燈の一つにはかにさかのぼる

頭では理解して、簡単な設計図まで書いてもらったのに、その通りに作れないのが流し灯篭で、こんな時は不器用な自分がつくづく腹立たしい。
紙や竹ひごの残骸を前に、結局断念した。
観ている方が、どんなに心穏やかか知れない。
河原へ向かうとすでに灯篭流しは始まっていて、これが今年のお盆のフィナーレなんだと、しみじみ思う。
縁ある人も、縁なき人も、時代を溯ればきっとどこかで繋がっているはずと、見物半分、合掌半分で灯篭を見送る。
灯篭はゆるゆると闇に向かって遠ざかり、浄土へ帰って行く。
闇ふかき天に流燈のぼりゆく 石原八束

社会の縮図のように、付いたり離れたりしながら流れる魂の火は、現世への未練や、反して彼岸へのいざないのようにも映る。
水面に揺れる灯りが、明日を生きる心の揺れかとも思えてしまうのは何故だろう。
仏教では三途の川、神道(古事記)では黄泉比良坂と見立てた川は穏やかに流れ、下流には灯篭を回収してくださる方々が待機している由。
私は、防水のため厚紙に蝋を念入りに塗った土台にロウソクを立てるつもりだったが、発泡スチロールの土台にLEDという方もいたようだ。
(流し灯篭はネットでもホームセンターでも買えると聞いた、うーむ)
ならばやはり、現世を生きる身としては環境保護を優先させなければいけない。
左義長のような行事はないのだろうか。
京都では五山の送り火が焚かれた。
真摯な心根で古人と対峙すれば、いまを生き、未来に死する確固たる覚悟も芽生える気がする。
送り火や今に我等もあの通り 一茶
つつーっと一灯、離岸流に乗ったかのように他の灯篭から離れた。
あれはきっと祥月命日の母だ。
流燈の一つにはかにさかのぼる 飯田蛇笏

この記事へのコメント
読ませて頂きました(*'▽')
つくづく物を知らない自分が恥ずかしいです。
図書館から借りた谷川俊太郎の本2冊返却日が
迫っているのにまだ、半分も読んで居ません
〉斯うしてをれぬ夏草の遠攻めだ みなとさん
〉どかあんと自爆しさうな西瓜かな 同
最近では大好きな句です。
このような句を拝見すると、
会員番号1番が自慢です。
ファンクラブに入れて頂き光栄です。(*^^)v