怨み晴らさで置くべきか


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表通りを避けて、車の通らない道を歩いていた。
前方を見て、何となく嫌な予感がした。

今さらこんなベタな話で恐縮だが、前からママチャリに乗った若い女性が、ながらスマホで片手運転接近中。
耳にはイヤフォン。
本官の現認ならば、厳重注意か警告書である。

前を見ていないし、車も通らないから安心していたのだろう、ゆっくり右へ左へと蛇行しながらやって来る。
清潔そうな真っ白のブラウスと、クリーム地に花柄のゆったりした膝下10センチくらいのスカート。
若い女性の年齢はまったく見当がつかないけれど、20代前半、いや、20歳そこそこか。

まったくこちらを見ていない、というか、眼中にないのは明らかなので、私はフェンスぎりぎりに避けて立ち止まった。
それでも、いくら何でも直前で気づいてくれると信じていたから、ながらスマホは本当にあぶないなと、その程度の思考しかなかった。

ここまで書けば、ああ、ぶつかったんだなと誰もが察するだろう。
その通りである。

ぶつかる直前に、わたしはフェンスにピタリと背中をつけ、これが精一杯の回避行動だった。
自転車はスピードが出ていないので、ぶつかったところで大したことはない。
これが車同士の事故ならば、こちらは静止しているので、過失割合は10:0で、一方的に相手側に非があるケースだ。

自転車も私にぶつかり、フェンス側によろめいて停まったので、転倒することもなかった。
しかし女性はフェンスに肘をこすって、軽い擦過傷が出来たかも知れぬ。
イヤフォンも、はずみでスマホから外れて飛んだ。

結局、擦過傷はなく、互いに、どこにも怪我はなかった。
大丈夫でしたか、次からは気をつけましょうね、と言い掛けたとたん、女性は烈火の如く怒り始めた。
絵に描いたような逆ギレである。

要約すると、どうして避けなかった、イヤフォンが使えなくなった、汚れたフェンスで白いブラウスが台無しになった…、である。
え? こっちが悪いの?

まじまじと見れば、怒りさえ収めればすこぶる美人の女性である。
私が同世代なら、これをきっかけに、ぜひお近づきになりたいと思っただろう。
それほど素敵なお嬢さんだった。

まあ、女性の速射砲のような言葉は30秒程度だったろうか。
こちらは言わせるだけ言わせて、改めて事の理非を説明するつもりだった。
逆ギレなう、なので、結果どうなるかわからないが、こちらに非はないのだから、噛んで含めるように話せばわかるだろうと、高をくくっていた。

ところがクレームが罵詈雑言に変質し始めたのだ。
これでは形勢が悪い。
何よりタチが悪い。

と案じた時、後方から救いの神が現れた。
散歩中の老夫婦である。
私の後方を歩いていて、事態をつぶさに見ていたらしい。

「私たちは全部見ていましたよ」
から始まり、後はご夫婦が、女性に非があることを理路整然と述べて下さった。

女性はすぐに立ち去った。
不満顔はそのままだった。

老夫婦に礼を言い、簡単な会話をして別れた。
すっきりしたかと言えばしたような、でもどこかで腹立たしいままのような、こちらは複雑な消化不良状態である。

純白のブラウスは清楚に見えるが、外見で判断してはいけないと、これは男性ならではの悔恨である。
この怨み晴らさで置くべきか。
そのブラウスのままでカレーうどん食べろ、カレーうどん食べろと念じてしまった。

もし背後に老夫婦などの目撃者がいなければ、本官を呼ばれて、この人痴漢です、変質者です、ひったくりです、イヤフォンを壊した通り魔です、などと冤罪の汚名を着せられる可能性だってあるのだ。
男女一対一の諍いは、概して女性側に軍配が上がることが多いように感じることがある。

しかしすぐに気を取り直した。
菜根譚の一節を思い出したのだ。

人を責むる者は、無過を有過の中に原(たず)ぬれば、則ち情平らかなり。己を責むる者は、有過を無過の内に求むれば、即ち徳進む

人を責める者は、過失がない点を過失がある中から尋ね求めるようにすれば、責められる人の心中に不満が起きない。(これに反し)、己を責める者は、過失のある点を過失のない中から反省するようにすれば、責める自分の修行に向上がある。

聖人君子ではないのだから、市井の人は誰だって1年365日、心が穏やかでいられる訳がない。
だから、帰りの交差点の信号、ぜ~んぶ赤になれ、と念じ直した。

私も、何年経ってもガキのままだ。
嗚呼、情けなや情けなや…。


帰宅して徒然草をパラパラとめくっていたら、以下の段が目に入った。

萬(よろづ)の咎(とが)有らじと思はば、何事にも真有りて、人を分かず、恭しく、言葉少なからむには如かじ。男女老少みな然る人こそ良けれども、殊に若くかたち良き人の、言(こと)麗はしきは忘れ難く思ひつかるゝものなり。萬の咎は、馴れたるさまに上手めき、所得たる気色(けしき)して、人をないがしろにするに有り。

なるほどね。
今度こそ本当に反省した。
同時に、今さらの「ながらスマホ」ネタで申し訳なく恥ずかしい。


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