経年劣化と健康寿命


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中央高速の調布IC~八王子ICが開通して今年でちょうど50年になる。
それは確か1967年の暮れで、当時都心に住んでいたまだ子供の私は、用もないはずの父に誘われて、スバル360に揺られ、わざわざ乗りに行った。

特別な感慨は無かったし、モータリゼーション萌芽の時代が訪れていたわけだが、これもまた関心のカケラすら無かった。

しかし50年も経てば、建築構造物だって人間と一緒で、さまざまなところに不具合が出る。
だから今回のような集中工事は定期的に必要で、「大動脈」は健全に保たれなければいけない。
よって、個人的には不本意だが、粛々と渋滞の列に加わるのだ。

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数週間前から集中工事のお知らせは頻繁に流れていたけれど、今日はどうしてもこの路線を利用しなければならない事情があり、なので渋滞は覚悟の上である。

道路の「健康」を維持するには必要なメンテであり、人間だってあちこちに不具合が見つかれば対処するのと同じこと。
i PS細胞の研究が進めばパーツの再生も可能だろうが、無機物は細胞ではないので、いずれ耐用年数が尽きる時が来る。

それまでは膨大な維持費負担が必要になるし、その額は膨らむ一方である。
だから新しく何かを造ろうと安易に決める前に、ちと立ち止まって、「本当にコレって必要?」などと考えることも重要である。

そこに税金を投入するのであれば、「その前に借金返したらどうなの?」とか「維持費は大丈夫?」と、素朴な疑問が浮かぶし、安易に公共事業で土木や建築しか思い浮かばない人たち、それを支持する人たち以外は必ず、この国の行く末を案じているはず。

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誰も彼も少子化に歯止めを掛けたいと思うらしいけど、人口が増えれば、とにかく納税者も増えるという、単純で浅ましい魂胆が透けて見えるから、ずいぶん不純な動機である。

高度成長の時代は、現在よりも人口が少なかった。
日曜などは、「今日は休日だから銀座でも行こうか」と父が言っていた。

もちろん車でである。
休日は繁華街の道路も極端に車が少なく、快適に走ることが出来たし、駐車スペースの心配も無かった。

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人口を増やしても、今度は人工知能が活躍する時代になっていて、せっかくこの世に生まれて来たのに、希望する職業に就けなかったりするのだろう。

いつの時代にも、それなりの苦労や困難は存在するのだろうけど、生まれ変わってまた人間稼業するのは御免被りたい。
というか、生まれ変わりたくないのだよ、実際。

それでも、死ぬまで生きなければならないのだから、肉体の経年劣化は健康寿命を延ばすことでしか防げない。

無機物だって、形あるものはいつか朽ちるのだから、それなりのメンテは必要。
と、渋滞につかまりながら考えた。



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