蓮葉はかくこそあるもの意吉麿が家にあるものは芋の葉にあらし


サトイモの葉が勢いよく育っている。
寅さんの大好物の芋の煮っころがしはサトイモのことだろう。
私も大好物だが、収穫までもう少しかかる。

しかし芋の大きさに比べ、この葉のサイズはどうかと思う。
茎も食べられるにせよ、コロボックルじゃあるまいし、葉を傘替りに使うには形が不便そうだ。
ということでもないのだろうが、昔は器に利用されたことに、さもありなんと頷いてみたりする。

蓮葉(はちすは)はかくこそあるもの意吉麿(おきまろ)が家にあるものは芋(うも)の葉にあらし

万葉集巻16 に見える長忌寸意吉麿(ながのいみきおきまろ)の歌で、題詞には「荷葉を詠む歌」とある。
忌寸は姓(かばね)のこと。
長意吉麿の生没年はわからないが、持統朝の人なので、万葉文化華やかなりし藤原時代である。

画像荷葉は蓮華を指す。
仏教伝来以降、蓮は神聖なものと位置づけられ、当時はその神聖さゆえに神事にも用いられた。
花も葉も同様である。

歌意は単純で、
「なるほど、蓮の葉っぱって、こんな形してたんですね、じゃ、ボクん家にあるのは、ありゃ芋の葉っぱだったんだ、あはは」
と無知を装い、周囲に精一杯気を遣っている。
狂言回しに徹し、場を和ませているのは、そのような立場だったからだろう。

こんなタイプの人間はいつの時代にもいて、油断したり甘く見たりしていると、足元をすくわれることがある。
機を見るに敏のタイプで、こちらの懐にスルリと違和感なく飛び込み、味方でいれば楽しいが、敵に回すと面倒な輩である。

馬鹿はつい利口の真似をしてドジを踏むが、本当の利口は完璧な馬鹿を演じられる。
株主総会などで、たまに見る光景である。

キャンプでは、よく蕗の葉を器替りに使った。
釣り上げたニジマスなども内臓を取って塩胡椒を振り、蕗の葉で何重にも包んで蒸し焼きにした。

家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕旅にしあれば椎(しひ)の葉に盛る

有間皇子は紀の国へ護送される途中、椎の葉に飯を盛ったが、お気楽なキャンプとは違い、死出の旅で食べる飯の侘しさと無念さ、それに諦観が伝わる名歌中の名歌である。

皇子の生年は西暦640年、18歳で絞首刑に処せられた有間の若さが憐れだ。
同族企業(この場合、皇族全般)の親玉に足をすくわれ、結果、殺戮にまで行き着いてしまった。
家具屋父娘のゴタゴタとは、スケールや事後処理の方法が根本的に違う。

画像大勢の人の前で演説などをブツ場合、アガることを避けるため、聴衆をジャガイモだと思えのアドバイスがある。
それをサトイモに置き換えても、まんざら無理は無さそうに思える。
箸に突き刺し、口に放り込めばいいだけの話である。

茎のずいきも食用で、なかなかおいしいものだ。
ここで例によって話は飛ぶのだが、熊本名産の「肥後ずいき」なるものがある。
こちらはイモがつかず、茎だけを食べるらしい。
だからハスイモの名前は付いているものの、煮っころがしは無理である。

「肥後ずいき」は食用以外の方が有名で、私はソチラが気になるのだが、お目にかかったことはもちろん、使ったこともない。
わかる人はわかる、それでいい。
話はこれにて終了。

有間皇子の歌には、現代にも立派に通用する教訓らしきものが語られていることを見逃してはいけない。
すなわち、欲しいものと必要なものとの厳然たる違いである。


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