遠くへ行きたい


ここ数年の永六輔さんの様子から、ある程度の覚悟はしていたが、ついにこの日が来てしまった。
小沢昭一さん、野坂昭如さんに続き、これでアプレゲールの中年御三家が完全に消滅してしまったのだと、訃報に接してしみじみ思う。

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講演には十数回ほど出掛けただろうか。
過去にその二回をブログに上げたけれど、いつも感じていたのは、人の気持ちが動いた瞬間にこそ、自分が社会の中で存在していると実感できたことだった。
動かしてくれたのは、もちろん永さんである。

永さんの著書はほとんど読んでいる。(小沢さんの本、野坂さんの本も同様)
だが、何故か「大往生」だけは読みそびれてしまった。
ベストセラー本を、ただ訳もなく敬遠していたからなのだが、永さんの死生観の集大成のような内容だろう。
おおよその見当はつく。
発売直後から、ブックオフに大量の「大往生」が並んだことは鮮明に覚えている。

野坂さんの葬儀に車椅子で臨んだ永さんの弔辞が忘れられない。

僕が大好きな言葉は、野坂さんの言った言葉で、「二度と飢えた子どもの顔は見たくない」
もう一回言います。「二度と飢えた子どもの顔は見たくない」


絞り出すような慟哭の追悼は、過酷な実体験から生じた不戦、反戦への再表明であると同時に、国家権力への不信感でもある。
戦争へのハードルが低くなっている今、お天道様が見ているよ、と言いたかったに違いない。


知らない人とめぐり合いたいとは思わないが、知らない町を歩いてみたいとは常々思っていて、旅先で独り、当てもなく探索するのが好きだ。
永さんに背中を押されているような気分で、行き当たりばったりで路上観察に耽ったり、夜の繁華街をさまよったりした。
さまざまな未知との遭遇には軽いカルチャーショックがあり、その快感を覚えてしまうと、今でもフラッと旅に出たくなる。

永さんの文章も同様で、例えば「僕のいる絵葉書」のあちらこちらにも、そんな軽いカルチャーショックがちりばめられている。
ランダムにパッと開いた、札幌を訪れた時の文章の中に以下の一節があった。

札幌には「伝統」の無い強みがあります。
伝統というと、何だか素晴しいような気がしてしまうのは間違いです。僕達は悪い伝統にひどい暮しをさせられた事があるわけですから、伝統の無い素晴しさも知るべきでしょう。
札幌を始めとして北海道の町に魅かれるのは、その新しさなのです。


もう一度、パッと開いたページは若狭路を訪れた時のもの。

三方五湖の遊覧船でさわやかな話をききました。
久々子湖、水月湖、菅湖、三方湖、日向湖の五ツの湖は、それぞれつながったひとつの湖でもあるわけですが、久々子湖と水月湖をつなぐ人工水路が浦見川。
三百年前に時の奉行行方九兵衛が、延二十二万人の農民を動員して二年間かかって掘った運河です。
左右から岩壁の迫るこの浦見川が完成した時に、奉行はその岩の表面に自分の名前を彫ろうとしてました。
その為に岩を平に削り落したのですが、それを聞いた奉行の母親が、「お前のやったことが立派な事であれば、わざわざ刻まなくても、その名は末代まで語りつがれて残るだろう」といい、奉行はその言葉を守ったのです。
だから字を刻む為に平らにした部分は、そのまま苔むしています。
今日、橋をかけ、道を工事する度に石碑に名前を彫りこむ政治家諸氏は悪い母親に育てられたといういい証拠なのです。


永さんを「男のおばさん」と評したのは、確かおすぎとピーコが最初だったと記憶しているが、文章にはその萌芽らしき趣きが感じられる。
昭和50年6月発行の1冊である。

永さんの文庫本を数冊持って、どこか遠くへ旅に出たいものだ。
移動に関しては、時間に縛られるのが嫌なので、車で行けそうな方角や風土で選択するか。
独りのつもりなので、車中泊などは大いに結構。

見知らぬ土地ではないが、北信濃方面から、たまにはおいで、と呼ばれているので、私も男のおばさんの心意気を持って、ふらりと訪ねてみようかと考えたりしている。


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