時雨亭往還

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zoom RSS あてのない旅でござんすが、旅は急ぐものと決めておりやす

<<   作成日時 : 2016/05/18 20:00   >>

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私が絵画好きだと知ってか、友人から上野へ伊藤若冲展を観に行かないかと誘われた。
それが好意なのかお追従なのかは知らぬが、絵画や芸術全般が好きなのだと誤解されていることに気付いた。

取り敢えず、好意と受け取ることを瞬時に決めたが、婉曲に断っても、時としてそれが通じない御仁がいるものだ。
鈍感ではなく、好意の押し売りが先走っているのが透けているから残念である。
好意を持ってくれるなら、こちらの意を酌んで、構わないでいて欲しい。
もっとも、それができないから今回のような不毛な会話になるのだろう。

少し前は、3時間待ちとニュースで報じていた。
そして数日前は5時間待ちで、熱中症対策のために看護師まで待機させたと新聞に出ていた。
メディアが特集を組めば、若冲を知らない有象無象の人たちが、にわか若冲ファンになり、大挙して押し寄せてこんな事態になる。

炎天下の行列も嫌だが、若冲の作品も生理的に好きではない。
好きではないから知識も乏しいのだが、正面を向いた象とか、細密すぎる鶏の絵、そんな程度の認識しかない。

それでも、鹿苑寺大書院旧障壁画の「月夜芭蕉図」や「葡萄小禽図」などは、かろうじて鑑賞できる。
だから食わず嫌いと嗤われても、一向に構わない。

以前、確かに絵が好きと言った記憶がある。
ただし、中間色のパステル画や淡彩の水彩画(ミレーなどの油彩画も好きだ)が好き、とまでは伝えず、また、そこまで語る必要も感じないので、ただ、絵画全般が好きと思われたようだ。

細密技巧は常人には真似のできない技術なのだろうが、5時間も並ぶ精神と、それだけの時間の余裕がある人たちが多く存在することに驚くばかりである。
誘ってくれた友人は、この待ち時間を知って誘っているのだろうか。
そして私と一緒に5時間並ぶつもりなのだろうか。
だとしたら狂気の沙汰だ。
言葉が足りないと、こんな錯誤が生じるのである。

話変わって、数日前、連れと近所を歩いていたら、特殊なモノを扱う個人商店が新しくオープンしていた。
入ってみようと誘われたが、大きな商業施設ならいざ知らず、購入するつもりもない冷やかしだと、店側にはお見通しである。
なので、興味がない、と入るのを断った。
すると後日、尾ひれがついて、気持ち悪いから店に入るのは嫌だ、というような表現に誇張されて話が広まっていたらしい。
他にも、言っていないことが付け足されていた由。
(友人からの伝聞なので確認はしていない)

言っていないことを言ったように改ざんされるのは残念だけれど、最初は本当に単純なことなのに、世の中の人間関係はこうして縺れ、複雑になっていくものと相場は決まっている。
心から信頼していた人だけに、今でも悪意はなかったと信じているが、何となく寂しいものだ。
言葉が足りなかったと、また反省するばかりである。

多弁は苦手。
言葉が少なければ誤解を招くこともあるし、無用の傷を付ける場合だってある。
人間関係とは、かくも難しいものだ。
こちらの意思を的確(簡潔)に伝えることができなかった私が悪い。

しかしこのような経験値の蓄積が、私をどんどん無口にさせる。
と同時に、この歳になると、見たいものだけを見ていたいと心底思う。
人生の残り時間も少ないので、見たくないものは見ず、時間の浪費だけは極力避けたいと公言、強調したい。

とは言っても、それがままならないのが世の常であって、対人関係の距離感や言葉数の多寡が未だに掴めないのは、まだ人間としての完成度が低い証拠のようなものである。
いい加減早く、人間として成熟したいものだ。

タイトルの「あてのない旅でござんすが、旅は急ぐものと決めておりやす」は、木枯し紋次郎の言葉。
いま、一番共感できる台詞である。
私には人生に於いて、もう寄り道をする時間すら惜しいのだ。


情報によると、来月(6月21日)から、東博に中宮寺の弥勒菩薩がやって来るとのこと。
またぞろ、梅雨空か炎天下かはわからぬが、大行列ができるのだろう。

この半跏思惟像には切ない思い出があって、ぜひお逢いしたいのだが、御霊抜きされた仏像と東京で再会するつもりはない。

もう三十年も昔、当時お付き合いしていた女性と訪ね、彼女と共有していた悩みを弥勒仏さまにお願いして預かって頂いたことがある。
問題が解決したら、必ずご報告に再度訪れますので、その時まで、どうか悩みをお預かりくださいとお詫びして帰ったことがある。

請け出せない悩みを放置したまま、今日まで来てしまった。
あの時の悩みは時間が解決してくれました、と報告する義務と責任がある。
中宮寺にお帰りになり、再び御霊入れされたら、いつかはお詫びに伺わなければ。

人間より仏像が好きだ。
理解されることを望むより、理解する努力を心掛けよう。


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