富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿、温泉に何度も入る大馬鹿

深田久弥の「日本百名山」発表が、私の記憶では東京オリンピックが開催された1964年、昭和39年だった。
まだその頃はバスで五合目まで行っただけで、「富士山に登ったよ」程度の感想しかなく、区の施設が本栖湖にあったから、二泊の林間学校の中日に連れて行かれたのだと思う。
真夏でも涼しかっただろうことは当然として、それ以上の記憶はない。
記憶の断片を脳内で集めようとしても、その断片がすでに失われている。
それだけ月日が経ったということで、特別な感慨もないし、ただジジイになってしまったんだなぁと思うだけ。
それでも以後、二度は富士山の頂上に立った。
一度目は山頂の浅間神社の鳥居をくぐり登頂を果たしたこととし、二度目は本当の山頂である剣ヶ峰を含めてお鉢巡りをした。
だから、本当の意味での富士登山は一度なのか二度なのか三度なのか、厳密な定義がわからないので、私は馬鹿なのかが不明である。
しかしわが身の来し方を振り返れば、馬鹿といって差し支えない。
他人様から馬鹿と思われるのは恥ずかしいが、自分に馬鹿の認識があるので、やはりそうなのだろう。

などと今回も要らぬことを考えながら、また小田原経由で伊豆の温泉に来た。
別荘を所有しているわけでもなく、しかしこうして頻繁に伊豆通いをしているのは、なんとかのひとつ覚え、ということだ。
ここには日帰り温泉施設や、無料の足湯もあるが、どちらも入ったことなし。

いつものように伊東の何とかという(覚えるつもりがないので、何度来ても名称は不明)道の駅に寄り、通りを隔てたしまむらに向かう。
荷物が増えてしまうので、衣類などは現地調達が基本。
しまむらの駐車場に入ればよいのだが、下り線から入るには、通り越してしばら走り、Uターンしなければならないのだ。
出て下り線に合流するときも同様で、上り線に入り、途中で再度Uターンしなければならない。
店舗の裏に細い道があるようなので、次回からはナビ任せではなく、しっかり学習しようと思う。

今回の目的は腰痛治療。
温泉に半身浴を組み込み、腰の養生をするのである。
温泉地に来て、夜に一度しか温泉に入らない馬鹿がいるようだが、もったいない行為だと思う。
でも、そんな御仁たちには温泉街ならではの娯楽が待っているようだ。
どちらの店も、同じ看板屋さんに頼んだと思われる。
このデザイン?と、電球を等間隔に並べただけの電飾なら、私にも出来るなあ。
ん?、上の店はすでに廃業してるのか…。
熱川や稲取は大きなホテルばかりだから、館内に自前の娯楽施設を持っていて、宿泊の酔客がフラフラと温泉街をそぞろ歩くことなどはないのだろう。
NスタジオとかS劇場の類は目につかなかった。
こうして駅から海岸まで下る途中の干物屋さんで、早々とクール便で干物を送り、煩わしい義理を最初に果たしてさっぱりしたぞ。
(オヤジさんに消費税の端数の4円をサービスしてもろた)
あちこちで見かける干物屋の「トロアジ」は、単に脂の乗ったアジだと力説していた。
海岸に出た。
せっかくの砂浜も、消波ブロックがあっては、海水浴もままならないだろう。
しかし、富士山もいいが、海もいいもんだ。
今回は、二泊で温泉に何度も入る大馬鹿になるんだよ。




この記事へのコメント
堂々とお利口さんを宣言してください。
こちらの書き方が悪くてスミマセン。
昭和も終盤に生まれた人は知らないんだねえ。
木製の積木を、野球の軟球を投げて崩す遊びです。
子供の頃、空き地に空き缶や空き瓶を並べて小石を投げて倒す、遊びともいえない暇つぶしをしたけど、その暇つぶしがボットルのルーツでしょう。
でも何故「ボットル」という名称になったかは不明。
積木がボットル?
それとも積木崩しがボットル?