武蔵野の秋が暮れる


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釣瓶落としの太陽が傾くと、ほの明るかった場所が陰となり、その部分が闇となって漆黒にわだかまる。
風も、昼間とは違って、少し首をすくめてみたりしてしまう程度に冷えている。

残暑らしい残暑もなく、今年は、褒めてあげたいほど、正統派の立派な秋である。
しかし、人災や自然災害、またそれらの複合災害の多さには驚くばかりで、ニュースを観ていてもオロオロしてしまう。

武蔵野の一日が暮れようとする逢魔が時、少し高台から町を望めば、家々の灯りがポツポツと灯り始め、人の営みの温かさが実感できる。
それは、ことさら秋の風情を強調するようにも見え、また、心象に深く訴える安らぎの光景でもある。
こんな日は家路を急ぎ、自宅で静かに秋を堪能したい。

少しぬる目の湯で長風呂をし、風呂から上がって真新しい下着をつけ、身も心もさっぱりとして食膳につく。
菜は季節の野菜や焼き魚で充分で、そこにキノコの味噌汁でもあれば、どこにも負けない晩餐になる。

具体的に書けば、生姜醤油で食べる焼きナス、イカとサトイモの煮物、カタハ(ムキタケ)の辛子和え、サンマ、そして味噌汁の具は、出汁の美味しいモトハシ(ナラタケ)と、ダイコンの間引き菜などがよろしい。
好きな人は、ぬる燗の二合でもしみじみ酌めば、秋はここに極まれりと、季節の到来を実感するだろう。

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眠るまでのひとときは、松籟を聞くも良し、秋の虫たちの声に耳を傾けるも良し、薄くモダンジャズを聴くも良し、肩の張らない古典を読むも良し、歳時記に風雅や侘びを探すも良しで、穏やかな時間を過ごす。

特に歳時記には、日本語の語感の響き、字面の美しさ、古人たちが生み出した珠玉の言葉の数々が凝縮され、風土に培われた自然賛美に満ちている。

まさに食欲と読書の秋である。
と、ここまで書いて、何だかどこかで目にしたようだと気づき、まるで「枕草子」の秋そのままではないかと思い到った。


秋は、夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ二つなど、急ぐさへ、あはれなり。
(中略)
日入り果てて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。



中学や高校で誰もが暗誦させられた冒頭の四季のこの部分は、齢を重ねても忘れることはない。
かといって、今までの人生に於いて生活の役に立ったことなど一度もないから、記憶量のキャパを無駄に占領しているだけではないのかと、めっきり物覚えの悪くなった頭で考える。
しかし、古典に親しむことを覚え、こうして虫たちのすだく音色に包まれて読書する喜びを噛みしめているのも事実。
武蔵野の雑木林の至るところで、それこそ耳の奥から全身にまで響く、騒音にも近いような虫たちの大合唱を聴くことができる。

外国の人たちはそれを「騒音」と諦めて我慢していると聞いたことがある。
それは感性や風土の違いであり、区画割りされた洋風庭園に美を見い出すか、武蔵野などの落葉雑木林や、茶室の露地に親しみを覚えるかの、歴史や宗教に根差す美的心象の大河と、細い川ながら絶えずして流れるせせらぎの違いのようにも思える。

手入れの行き届いたナラやクヌギなどの林間を散策するそんな時、スケッチブックを持って来ればと考えたりもするが、自然界には輪郭線など無いことに気づいて写生の難しさに思い至り、素描すら諦めて、そろそろ落葉の始まった小道をかさこそと踏みしめて歩くだけだ。

また枕草子に戻るが、百十三段(三巻本)の「描きまさりするもの」では、


松の木。秋の野。山里。山道。


とある。
清少納言の感覚は、どこまでも普遍的な日本人のメンタリティそのままである。

牧水ならば酒だろうが、秋の夜は、やはり静かに物思う時。
この平穏を、いつまでも噛みしめていたいものだ。
すると、軍靴の音より下駄や草履の音、空襲警報より虫たちのさんざめきが、いかに大切な音であるかがわかる。
国境なき記者団が「世界報道の自由度ランキング 2014」で、日本の自由度を前年の53位から59位にランクを下げた「特定秘密保護法」が、いよいよ12月10日に施行される。



 ものいへば くちびるさむし あきのかぜ    芭蕉


俳聖と併記するのは畏れ多いが、駄句ができた。


 秋の燈 諍い無き世の 尊さよ    多蘭

 燈火親し 秘密は墓へ 持って行く    同



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8日は皆既月食。
月に映る地球の影で、地球は本当に丸いのだと、実際に確認できる絶好のチャンスである。
もし月に人類がいれば皆既日食を見ることになるが、現在のところ、月に人類はいない。


三段の「同じことなれども聞き耳異なるもの」では、以下のことを「同じ内容に聞こえるのに、聞いた感じが違うんですけど」と言っている。


法師の言葉。男の言葉。女の言葉。下衆の言葉にはかならず文字余りたり。


前回(参照)に続いて、私はまた「下衆」に当てはまってしまった。
下賤の言葉には、必ず余計な文章が付く。
だからもうやめる。

武蔵野の夜は穏やかに更ける…。



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この記事へのコメント

豆太郎
2014年10月06日 20:38
台風18号は東京直撃で心配しましたが、お元気で安心しました。

『軍靴の音より下駄や草履の音、空襲警報より虫たちのさんざめきが、いかに大切な音であるかがわかる』
いつもながら全く同感です。

武蔵野に魅せられた現代の独歩さんの観察眼は明快です。
管理人
2014年10月07日 19:06
いつもながらのお気遣い多謝。

明日の夜、東京は曇りの予報。
ぜひそちらで皆既月食を見てください。

ノーベル物理学賞に3人の日本人が選ばれましたね。
すっごいなぁ…。

才色兼備の娘さんたちと奥方様によろしくお伝えください。
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