ミクロコスモス


胸の内に巣食う寂しさを絞り出してインク瓶に溜めれば、それで懐かしい人に手紙を書けそうな気がした。
でも宛て先が分からないから途方に暮れている。

こんな夜は、香を焚きながら焼き物の図録を見て、心を落ち着かせることにしている。

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曜変天目茶碗。
現存するのは、世界でも日本に三点のみ。
東京の静嘉堂文庫、京都の大徳寺龍光院、そしてこれが、大阪の藤田美術館が所蔵している茶碗。
三都に存在する器は、もちろんすべて国宝である。

偶然から生まれた曜変は、奇蹟の産物だ。
鉄分の含有が多い釉薬のために黒が発色して焼き上がり、そこに瑠璃色の結晶体が星紋となって出現する。
ニッケルやマンガンの配合バランスがポイントらしい。
しかしそれを再現するのは限りなく難しく、だからこそ奇蹟であり、国宝なのである。

極薄の釉の被膜に射す光の微妙な収斂と拡散が、まるで宇宙をこの一椀の中に凝縮、具現化させたような、曜変独特の世界を表出させる。
よほど心して観照しなければ、怪かしの小宇宙に取り込まれてしまいそうな危うさの仕掛けがある。

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この器がどこで焼かれたかは判明している。
中国の焼き物といえば景徳鎮があまりにも有名だが、曜変天目はその南方の福建省、建窯で作られた。
その建窯でわずかな数が生まれ、そして忽然と消えた。
陶工や好事家、時の権力者などには受け入れられなかったと考えられる。

ところが、漆黒の中に浮遊する、まるでアメーバのような斑紋に、日本人は「美」を見い出した。
中国に、その欠片がわずかしか残存していないのは、大陸という茫漠とした風土には、その文様を「美」として捉える意識が芽生えなかったからなのではないか。

南宋の時代だから、日本は平安末期である。
日本が古代から中世の幕を開く鎌倉時代へと向かう時期でもある。
日宋貿易や、また留学僧が持ち帰った器は、禅宗の到来、萌芽とともに、日本人の美意識の枠内に新たなアイテムを開陳した。

天目は、日本の留学僧の多くが目指した、禅宗の聖地である浙江省の天目山に由来する。
その釉薬が、鉄分が含有されている「黒色釉」の天目釉である。
天目とは器の形を指すこともあるが、ここでは黒色釉の特徴を優位に置きたい。

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「曜変天目茶碗」で検索すれば、多数のサイトでもっと詳しく解説しているだろうから、これ以上、余計なことは書かない。
それでも、信長が必ず身近に置き、時には懐に入れ、それこそ「肌身離さず」といったほどに溺愛した一椀があった。
足利義政から伝えられた、当代一番の、稀に見る名品だったという。
信長とともに紅蓮の炎に包まれ、本能寺で焼失してしまったのは惜しい。
幻の一品である。
もちろん現存していれば、曜変天目茶碗として4番目の国宝になっていることは言を俟たない。

不動産と違い、動産は伝世、流転する。
滅びの美学という表現は、消滅したこの器には当て嵌らないかも知れないが、それでも漆黒の肌に、一体どのような文様が浮かび上がっていたかを想像する時、美の儚さの本質が視える。

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黒の釉薬の上に大小の星が浮かび、光線の具合によっては瑠璃色、または玉虫色の光彩を放つ妖器。
派手といえば、これほど派手な碗はない。
茶道に於いては、最小で二畳台目の茶室で使われることもある。
すると、障子によって間接光となった外からの光が淡く中和され、色彩の光沢は器の中で柔らかく沈むはずだ。
よって星紋は、より落ち着いたものになる。

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直接光の下で色彩の大胆な変化を見せた茶碗が、屋内では、気品を帯びた穏やかな表情に落ち着く。
窯変ではなく、曜変と呼ばれる所以である。
曜変茶碗を使用した手前が、庶民ではなく、時の将軍や公家、大名、あるいは高僧などに限定されて点てられたことも頷ける。

以下は、すばる望遠鏡が捉えた宇宙を画像処理したもの。

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曜変天目茶碗を手に取ることの叶わない私は、図録を見ながら宇宙を想像する。
ビッグバンの1秒後に電子や陽子などの素粒子、そして3分後には水素やヘリウムなどの原子核が生まれた。
ハッブルが組み立てた仮説が、現在では定説になっている。
宇宙の膨脹によって、140億年前のビッグバン理論が確立された。
(Wikiでは138億年となっているが、Wikiの記述を鵜呑みにしてはいけない)
こうして比較すると、宇宙と、そして掌に乗るサイズの曜変天目とが、相似を超越した同一の世界であり、同一空間でもあるという事実に考えが及ぶ。

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天の川銀河の恒星は1千億個。
しかし輝くためのエネルギーである水素を使い切ると、恒星は死を迎える。
人類が知るところでは、赤色超巨星となったペテルギウスが最期の残光を放ち、いま消滅しようとしている。

誕生があれば消滅がある。
膨脹があれば、必ず収縮がある。
140億年前のビッグバンがすべての始まりではなく、人知の及ばぬ無限の時間軸の中で、実は何度もその繰り返しが行われているのではないか。
我々人類は、何度目かの膨脹の途上に存在しているのかも知れない。

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香が尽きた。
一年前と同じ、また宮沢賢治の言葉を記して終わりにする。


かがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばう   賢治


懐かしい人は、宇宙のどこかでまた誕生しているはずと信じている。






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この記事へのコメント

mariko
2014年05月01日 00:17
曜変天目茶碗の事を初めて知りました。
解りやすく格調高い名文にも心打たれました。
教養は財産であり、
その人の人格そのものだと思います。
また一層、ファンになりました。
管理人
2014年05月01日 18:55
文章は書けてもお金の計算が出来ません。
なので財産が増えません。
神は人を平等に造り給うたのだと思います。
いつもありがとうございます。
2014年05月03日 16:00
はじめまして。
窯変天目茶碗に宇宙を見る、ということに激しく同意。
実物は残念ながらどちらもまだ見たことがありません。
管理人
2014年05月03日 21:44
私は去年、静嘉堂文庫の曜変を見ました。
http://www.seikado.or.jp/040201.html

静嘉堂も素晴らしかったのですが、斑紋が私の感情に馴染めず、少し期待外れでした。
個人的にはやはり藤田美術館の椀に惹かれます。
藤田所蔵の曜変こそ、宇宙を実感します。
といっても、実物は未見なのですが…。

コメントありがとうございました。
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