三歩歩いて忘れたい


その昔、認知症の身内の女性を、看取るまで介護したことがある。
もちろん他の身内も協力はしてくれたけれど、まだ一般的には「痴呆症」と呼ばれていた時代で、介護をするにも暗中模索の日々だった。

薄々、どうもおかしいと思っていた。
しかし「ボケたんじゃない?」などと言おうものなら烈火の如く怒るし、ずるずるとそのまま一年が過ぎた。
やがて本人もおかしいと自覚して、私にSOSの電話が入った。
「どうしたらいいのか分からない」
「何が分からないの?」
「何も彼もが分からない」
「例えば?」
「だから、何も覚えてなくて、友だちにも、約束を何回もすっぽかされたからって、絶交を言い渡されたし、お金の計算も出来ない」
彼女は受話器の向こう側で、激しく嗚咽した。
強い人だと信じていたので、それで事の重大さを再認識した。
彼女が泣いた場面など、一度も見たことが無かったからだ。

急いで自宅へ行った。
どこからか異臭がする。
キッチン下の木製の扉を開けて、すぐにその正体が分かった。
1ℓの紙パックの牛乳が、口を開いた飲みかけのままの状態で置かれてある。
「これは冷蔵庫に入れなきゃ駄目でしょう」
と言っても、なぜそうしなければいけないのかが理解できず、きょとんとしている。
買い物も金額が分からず、それ故、いつもお札で支払ってお釣りを受け取っていたようで、テーブル上には大量の小銭が山盛りになっていた。

その方面では名の知れた権威のお医者さんに連れて行くと、病名は「若年性痴呆症」とのこと。
CTの画像を見せて貰うと、脳のほぼ全体近くに委縮が見られた。

病状は確実に、そして残酷に進み、喜怒哀楽の激しかった彼女からは想像もできない無表情が日常になり、発する言葉も極端に減った。
やがて意思の疎通もほとんど不可能になり始め、何を言っても、その大部分が理解されない日々に突入した。
ただ、三つの救いがあった。
徘徊癖が無かったこと、こちらの指示を無条件に受け入れてくれたこと、私が誰なのか認識していてくれたこと。
「今から病院に行こうね」と言えば、おとなしく車に乗ってくれたし、ファミレスでメニューを見せて「何が食べたい?」と訊けば、すぐに指さしてくれた。
それが例え大盛りの品や、彼女が嫌いなものであっても、こちらの問いを理解してくれている証しと思って受け入れた。

新しいことを何ひとつ覚えられず、同時に多くのことをどんどん忘れていく人生。
敢えて語弊を承知で書くのだが、介護しながらも、ここまで病状が進行してしまえば、本当は幸せなのではと度々想像した。
楽しかった思い出も消えるが、辛かったこと、悲しかったことも同時に記憶から消滅する。
それと引き換えに露わになるのは、ほとんどが剥き出しの本能で、自由奔放に生きる権利も得たように映った。
今だから書けるのだが、半ば羨ましく思わなかったと言えば嘘になる。
自我の崩壊、と周囲は見るけれど、無垢の天使と接しているような感覚は確かにあった。

もう彼岸の人だから許されるだろうと勝手に思い込んで綴っているが、やはり彼女の矜持を護るため、このくらいで終わりにする。
彼女の介護の日々を書けば、軽く一冊の本は完成してしまうが、彼女の同意が得られない以上、この顛末の詳細をネットで公表するのは、人の道に反すると考えている。


これから以下の内容は、上記に比して不適切と感じる読み手がいるかも知れない。
それでも一向に構わないと腹を括っている。

画像
さて、一匹のニワトリがいた。
本当に三歩歩けば、すべてを忘れるのか。
日頃から疑問に思っていることを確かめてみようと思った。

そこで、人になついている彼の尻尾をちょんちょんと軽く突ついてみた。
彼はそれが嫌なようで、コケッと一声鳴くと、私から数歩だけ遠ざかった。
三歩以上だった。
すぐにまた近づいて、同じように尻尾に触れた。
再結果も同じで、また少し逃げた。
逃げて振り向き、私の顔をじっと睨んだ。
と思うのはこちらの判断で、彼には表情がないから、こんちくしょう、いまいましい奴め、と思ったかは定かではない。
しかし、私の顔を認識したであろうことは間違いない。

初対面の人間に、自分のお尻を触られるのは私だって嫌だ。
否、知り合いでも嫌だ。
これは同性とはいいながら、彼にとっては明らかな痴漢行為であって、申し訳ないと心で詫びた。


画像
およそ三分後、再び彼に近づいてみた。
私の顔を覚えていれば、威嚇するか逃げるはず。
ところが、近づいても逃げようとはしない。
世間で喧伝されているのは、三歩ではなく、三分の間違いではないのか。
それとも、三歩とは、ニワトリの特性を極端に誇張しようとする比喩ではないのか。

尻尾に触れてみた。
彼はまたコケッと一声鳴きながら数歩、歩いた。
人が嫌だと思う行為は、やはりニワトリも嫌なのだ。

だがしかし、三歩ではなく、たった三分で、三分前の不快な体験は忘れてしまっていたらしい。
私は三歩や三分どころか、数十年前の不快な体験をまだ覚えている。
人間には無意識のうちに、悪い思い出は忘れ、良い思い出だけ残りやすい傾向にあると、どこかで聞いたことがある。
でもそれは嘘だ。

「ねえ蘭ちゃん、メシはまだかい?」
「三分前に食べたばかりでしょ!」
「ああそうだったかい。ところで、メシはまだかい?」
など、ドリフ的コントが笑えない世の中になっている。
高齢者が日本の全人口の1/4を占める時代が来てしまった。

経験や記憶が正常であるに越したことはないが、私は特に恥の多い人生を歩んで来てしまったから、穴があったら、そこで一生、冬眠したいくらいだ。
すべての記憶を初期化すると書いてしまっては味気ない。
だから悪魔に取り引きを持ち掛けられ、悪い記憶を消すとともに、良い記憶も全消去すると囁かれたら、乗ってしまいそうな自分がいると書いて置こう。
メシは蘭ちゃんにお願いしたい。

最後に、ニワトリよゴメン。
私が悪かった。
存分に歩いてくれ。

機会があれば長期戦覚悟で、今度はハシビロコウで試したい。



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この記事へのコメント

2018年02月22日 00:43
ハシビロコウ大好きです(*'▽')
時雨亭
2018年02月22日 22:02
数年前に妻とハシビロコウを見に上野動物園へ行きました。夫婦揃ってハシビロ君の大ファンです。寒い時期で、天井から吊り下げられた暖房の真下で微動だにしていない姿に、なに考えてるんだろうと、こちらが考えを巡らせていました。当時の写真もあるのですが、記事をアップする機会を逃し、現在に至っております。最高ですよね、ハシビロコウ(*^^)v
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