他人は私をどう見ているのか


ここ数ヶ月は忙しく、これは20代後半から40代前半にかけて、もっとも懸命に働いた頃をも凌ぐ、1分も無駄には出来ない時代が舞い戻って来たような超多忙の日々が続いています。
これも自ら選択したことなので、泣き事や弱音を吐くわけにもいかず、ただ日々の予定や懸案を黙々とこなすだけです。
だから極端な寝不足でも、疲労が蓄積されていても、すべて自分に跳ね返って来るだけなので、ひたすらこのペースを維持できるよう、気力と精神力(同じか?)で体力を支えています。
もっとも、こんなことをここで開陳しても、身から出た錆のようなもので、同情されるのも困る(誰も同情なんてしないでしょう)のです。
中には堂々と「疲れている」などとブログやHPに書いている人たちもいますが、読み手にとっては与り知らぬことなので、「ああ、また愚痴ってるな」くらいにしか思いませんよね。
どれだけ大変だったのか、はたまた同情を買いたいのかは分かりませんが、もっとも不必要な情報です。

さて、いつもなら昼食は駅のホームで立喰い蕎麦か、コンビニで買ったパンやおにぎりを電車やバスの中で、なるべく目立たぬようこっそり口に運びます。
恥ずかしいけれど、こうするより他に腹ごしらえの時間や方法が無いので仕方ありません。
ついでにペットボトルのお茶をグビリ。
なので車内で飲食する若いサラリーマンやOLさんなどの気持ちや忙しさも、容易に想像できるのです。

駅前のローソンからFAXを数枚送り、時間はお昼でした。
少しだけ時間があればファストフード店などでスバヤク飲食を済ませ、次の予定をこなすために時間配分の効率化ばかりを考えているのですが、この日は奇蹟的に時間の余裕が一時間ほどあって、ローソンのお弁当コーナーを眺めてみました。
実は駅まで歩いて来る途中に小さな公園を見つけ、そこでお弁当を食べてみようかと、FAXを送りながら考えました。
それでもなるべくなら車中のパンやおにぎりは敬遠したいので、ちゃんとしたお弁当を久し振りに食べてみよう、いや、食べてみたいとの願望です。

お弁当にもいろいろと種類があって、本来ならば迷うところですが、ここは値段が安い唐揚げ弁当をチョイスしました。
どうも最近は品物そのものより、まず値段を先に見てしまう習慣がついてしまったようです。
これは東北へ肩入れし過ぎたツケのようなもので、だから「身から出た錆」なのです。
比喩としては決して適切ではありませんが、「富の再分配」を実践した結果です。
そのわずかな、有るか無きかの富を吐き出してしまったのですから、また懸命に働くだけです。
私のこのスタンスは、長年当ブログを読まれている方は承知のことと思います。
私自身がそれで納得しているので、もちろん現状を受け入れますし、これはたぶんジョン・ロールズ辺りの影響なのでしょう。
閑話休題。

ご飯に唐揚げ、そして刻んだタクアンがちょっと添えてあるだけのシンプルなもので、それでもこのところ肉や脂っこいものをほとんど口にしていないので、たまには唐揚げもいいでしょう、ブームでもあるらしいし…。
レジには中年の女性。
たぶんオーナーさんなのでしょう。
「温めますか?」
「はい、お願いします」
「唐揚げ、いかがですか?」
「は?」
あなた、いま私がレジまで持って来た唐揚げ弁当を受け取って、レジ打ちしてから自分でレンジに入れたでしょ。
見てなかったの?
どう応えればいいのでしょう。
要らないですと言ってしまったら、せっかくの唐揚げ弁当をキャンセルされそうだし、はい、と返事すれば、もう一つ、唐揚げ弁当を買わされそうだし、まったく意味が分かりません。
分かることといえば、よほど私が唐揚げ好きな人間に見えたのでしょう。
それとも私の聞き間違い?

考えることコンマ数秒、事態が判明しました。
レジ横に保温機?があり、その中に唐揚げやらフランクフルトやらが単品で売られているのを発見しました。
おそらくマニュアル通りの対応なのでしょうが、こちらは唐揚げ弁当を買ったのですから、それに輪をかけて、追加で唐揚げを勧めるってどうなんでしょう。
でも、どうせ勧めるなら、保温機にはもっと他のものもあるのです。
何故それらを除外して、わざわざ唐揚げをプッシュする?
たぶん、一番の売れ筋商品ということも関係してるのでしょうが、この中年の女性、何も考えず、いや、これでは唐揚げが売れ残りそうだとの判断が働いたのかも知れません。
(唐揚げ弁当を買うくらいだから、根っからの唐揚げ好きに違いない、ひと押しすれば簡単に買うだろう)
と考えたのでしょう。
はて、私はそんなに唐揚げ好きの顔をしているのでしょうか。
軽く首を横に振って、拒否の意思を示しました。

「お箸は付けますか?」
菓子パンやおにぎりならともかく、お弁当なんだから箸くらい付けてくれるのが常識と思うのは間違いなのでしょうか。
私は唐揚げ弁当を手掴みで食べる習慣は持ち合わせていません。
特に唐揚げのような油を使った食べ物は尚更です。
駅前のコンビニだから、これから帰宅して自宅にある箸で食べると想像されたのか、はたまた常に「マイ箸」を所持してると思われたかは分かりません。
いずれにせよ、すべてマニュアル通りなのでしょう。
釈然としない思いでローソンを出ました。

画像公園まで戻って、古いベンチに腰掛けて唐揚げ弁当を食べました。
なぜかマヨネーズが付いています。
唐揚げの他には、ご飯と刻んだタクアンしかないので、これは唐揚げ用なのでしょう。
せっかくだから唐揚げの上にまんべんなくチュルチュルと絞り出して食べましたが、最近は油分を摂っていないので、かなりヘビーなコッテリ弁当でした。
マヨネーズはカロリーが高いので自宅でも敬遠していて、ここ一ヶ月以上は使用せずに、冷蔵庫内で逆立ち状態のままです。
歳を取ると嗜好や思考が変わるのは当然で、プチダイエットにもなるからお腹の脂肪も落ちて来ます。
そのせいか体重も少々下降傾向で推移し、20年前に穿けなくなったジーンズが再び穿けるようになった嬉しい副産物もあります。
要するに、基礎代謝以上の余分なカロリー摂取が、お腹回りに脂肪をつけていたわけですね。
それでも穿けなかったジーンズが穿けるようになったせいで、今まで穿いたり着たりしていたものがダブついてしまい、それで動くと、まるで服の中を泳ぐような感じです。
風通しもいいし、「大は小を兼ねる」とは、けだし名言です。

さて、お弁当を食べても、まだ時間の余裕があります。
こんなことは本当に珍しく、ずっと休みのないままなので、ちょっとこのベンチに横になって、のんびり本でも読んでみようと思い立ちました。
この「本を読む」という行為も仕事上ではとても重要なことで、趣味がそのまま仕事に通じる喜びよりも、どちらかといえば苦痛や苦行に近い感覚になってしまったのは残念なことです。
贅沢な悩みと言われれば確かにその通りなのですが、やはり趣味に収入が直結して来るとなると、楽しみがプレッシャーに変質します。

ヨッコラショと横になり、バッグを枕に本を開きます。
ところが休日も皆無、睡眠時間も1日4時間確保できれば良い方なので、体は意志に反して常に睡眠を要求しているのです。
わずか10秒と経たないうちに、睡魔に襲われていました。
本を開いた記憶はあるのですが、活字を追った記憶はまったくありません。
それでも15分ほどで目が覚めました。
はっきりとした、嫌な夢を見ていました。
20代後半から現在まで、シチュエーションは様々ですが、何百回と見た、とにかく時間に追われてばかりの内容です。
仕事で目的の場所に行かなければいけないのに、次々とままならぬ用事が出来てしまい、そのため支度に手間取って右往左往、ああもうこんな時間だ急がなければ、あ、もう約束の時間が過ぎてしまってる、早く早く、などの焦りまくりの夢なのです。
目覚めた時の安堵感が救いですが、疲れを取る、前日の記憶や体験をリセットするための睡眠のはずが、いつもの夢によってストレスが倍加されてしまうので本当に困ります。

ベンチから体を起こして半ば放心状態。
私の感覚では、それでもこの15分は夜間の睡眠の3時間分くらいの効果があり、目覚めた時に一瞬、自分が置かれている状況が呑み込めなかった戸惑いはあったものの、かなり深い眠りのようでした。
これで衣食住の心配さえ無ければ、私はホームレスになりたい。
でも、衣食住が不如意だからこそのホームレスなのですね。

ベンチでまたしばらく本を読んでいると、そこへ一人の老婆が現れ、
「これ、冷えてるから飲んで」
と、ヤクルト・ジョアを差し出します。
「はい?」
「いいからいいから」
何がいいのでしょう。
そういえば、数分前にヤクルトおばさん(お姉さんだったけど)が公園横に三輪自転車を停めて、ショルダーのクーラーボックスの中を整理しているのを見掛けました。
お婆さんがそのヤクルトお姉さんに近づき、何やら買っているのも、目の横に見えていました。
でも気にも留めなかったのです。
「ありがとうございます」
何度かお断りしたのですが、とにかく、
「早く飲まないと、温まっちゃうから」
の一点張りなので、ありがたく頂戴しました。
見れば、お婆さんの手にもヤクルトが1本。
自分が飲むついでに、公園のベンチで寝たり何かの本を見たりしているのを目撃し、ならば私にも分けてあげようと思い立ったのでしょう。
お婆さんが私を見て、どう思ったかは不明ですが、何となく見当はつきます。

他人の視線を気にしながら、電車の中でコッソリおにぎりや菓子パンを食べる抵抗感はあります。
けれど、昼食の時間をどうしても確保できないので、こればかりは仕方ないのです。
その代わり素早く口に押し込んで、なるべくモグモグがバレぬよう、ゆっくり咀嚼するか一気に呑み込んだりと、極力、他人様から注目されぬようにして来ました。
他人にどう思われようが、誰だって歳を取ると気にならなくなる傾向にあるようですが、見てる人はシッカリ見てるんでしょうね、きっと。
早朝に起き、急いでトーストを牛乳で流し込んで仕事に向かいます。
帰宅は深夜がほとんど。
食事、入浴、明日の準備と、決まり事をこれまたスバヤク決行しても、気づけば起床時間まですでに4時間を切っている、この繰り返しです。
車内の飲食や、最近はマナーを喚起する「車内メイク」のポスターも見かけますが、人によっては、やむを得ない場合や事情ががあるかも知れないのです。
だから、他人様にどう思われようが仕方ないし、気にしないようにしています。
タイトルには「他人は私をどう見ているのか」の、これが結びです。


さて、前置きはこれくらいにして、ここから本題に入ります。
友人の中には、
「君の文章は長すぎて読む気がしない」
との批判があり、
「もっと簡潔に、例えば『ずっと暑かったのに、今日は涼しく、過ごしやすい一日だった』の一行くらいで済ませなさい」
とも言われます。
長いから読まないのは大いに結構で、個人の自由です。
ただ、私の場合、せっかくクリックして訪問したのに、そんな内容(内容なんて無い)では、馬鹿にされたようで、二度とそのサイトは訪れません。
どんな長文でも、最後まで読んで下さる奇特な方だけに読んで頂ければそれで良いのです。
まだまだ長くなりますから、それが嫌な方はどうぞ(どうか、-懇願です-)ここで閉じて下さい。

またまた忙しさを口実にしてしまうのですが、毎回、ブログを更新するたびに、長文の感想をE-mailで送って下さる方が数人いらっしゃいます。
まことに有難いことなのですが、私のブログなどは新聞と同じように、出来れば読み捨てて欲しいのです。
私の場合、アップしてしまえばそれで完結して内容も忘れてしまうし、タイトルを言われても、
「はて、何を書いたっけ?」
と首をひねります。
況してその返信には、記事の内容を確認し、睡眠時間を削らなければならないのです。
だから申し訳ないと思うのですが、仕事関係のメール以外は今のところすべて未読のままです。
本当に本当に済みません。

それでも以前は必ず返信していました、礼儀やマナーですからね。
するとまたメールが来ます。
送信→返信→送信→返信、の無限ループの底なし沼に嵌ってしまい、はなはだ困るのです。
やがて忙しくなり、今度は返信する時間的余裕は無いものの、ざっと目は通していました。
それでもメールは届きます。
申し訳ないとは思いながらも、断腸の思いで無視せざるを得ない状況が生じます。
中には、「誰々に転送して下さい」など、私をメッセンジャーと勘違いされている方もいて、これまた、「他人は私をどう見ているのか」の疑問に回帰するのです。

ところがここからが今回のポイントなのですが、これでもブログにする時は、一応、起承転結のようなことを漠然と思い浮かべながら書き始めます。
この起承転結が無く、いきなり起から結へと間を飛ばすと、
「起、飴を貰って舐めた。結、だから世界平和なんて夢のまた夢なのだ」
と、風が吹けば桶屋が儲かる式の、まったく支離滅裂な内容になります。

上手い例えが思い浮かばないのが残念ですが、何十億光年も離れた、宇宙のどこかに存在しているだろう高度な知能を持った生物に、地球の衛星である月の説明をしようと仮定します。
するとどうしても地球の説明をしなければならないし、地球の説明をするには太陽の説明が必要です。
太陽の説明をするには、太陽系の説明をしまければならないし、太陽系の説明には天の川銀河の説明は不可欠です。
だから文章も同様で、地球の説明にも地球-1があり、地球-2があり、地球-3がありと、結論に到達するまでには段階を踏んで書かなければならないのです。
それでやっと、一番言いたかった月の説明が完了するのであって、それは積み木をひとつひとつ丁寧に重ねていく作業や、ミステリーの発端から書き始め、延々と登場人物や状況を錯綜させ、最後の最後になってやっと謎解きを披露するのと同様です。

結論の月までやっと到達して、やれやれ今回も書き終わったぞと安堵し、それをアップするのですが、頂く感想のほとんどは月には無関心らしく、地球-2のことだけだったり、太陽系-3のことだけだったり、天の川銀河-4なのです。
これは私があちらこちらに寄り道をしながら書き進める弊害らしく、どうも私が時間をかけて月のことを書いても無駄だったんだ…、と思ったりしてしまうわけです。
明らかに文章力の無さを露呈してしまったことが分かります。

ということで、ほとんどの方も同様なんだろうなと推測します。
ならば、毎回ずいぶん無駄な作業をしてたんだなと、これは責任転嫁ではなく、心からの自戒で、他人に思いを伝えることの難しさを再認識するわけです。
すべてこれ、私の責任であり、筆力不足なのです。

メールを頂くからには私のアドレスを知っているわけで、それは私の友人知人である証明のようなものです。
ちょっと、ほんのちょっとだけの無念さと、大きな感謝の心を噛みしめている昨今であります。
ダラダラと、ずいぶん回りくどく書いて来ましたが、しばらくは私からのメールは当てにしないで欲しいなあ、との結論です。
その証拠というほどでもないのですが、皆さんご存知のように、現在、ブログの更新が滞っています。
今回のエントリーも、ケータイから少しずつ文章をPCへ送り、その繰り返しを三週間かけて行なったものです。
仕事関係はともかく、プライベートの未読メール(ほとんどが記事の感想)は、気づけば200件を超えてしまいました。
ブログを更新すると、きっとまたメールが届く…、嗚呼。
返信できないこのプレッシャーが辛く怖く申し訳なく、安易な方向に向かってしまう私の弱さなのです。
どうか斟酌をお願いします。


ここ数年のことですが、ブログを更新しなくてもアクセスが上昇傾向なのも、サボる遠因になっている気がしています。
だったら別にブログに固執しなくてもいいや、との安易な思いも芽生えます。
日々の暮らしの中で、頭の隅には「ブログを更新しなきゃ」などの強迫観念のような感情もありましたが、たかが個人のブログです。
だから生活の一部分ではあっても、その優先順位は100番目程度に落ちているのです。
同じくここ数年、このウェブリブログの利用者数は数十倍に増えているようです。
私はブログなんぞを書かずに本を読みます。
皆さんは当ブログなどを訪問せず、もっと面白く有意義なブログがたくさんあるはずですから、そちらを訪れることをお勧めします。

ブログを書くテンションやモチベーションを低下させる要因は他にもあります。
例えばこの記事。(参照
アクセスが増えて不愉快になる場合だってあるのです。
これはタイトルや文章が検索ワードに引っ掛かるためなのですが、またアクセスが増えると、より一層不愉快になるので、ここで文章にすることは控えます。
このウェブリブログには、設定すれば毎日、アクセスレポートが表示されます。
以下はそのほんの一例。
そんなつもりで書いた記事ではないのに、私にとっては本当に不本意な訪問者が多いことに驚き、また嫌悪感を覚えます。
1年近くも前にアップした記事なのに、ここ数日も、まだアクセスが途切れることなく毎日のように続いていて、他人様の趣味嗜好は勝手とは思いながらも、気分が萎えてしまうのです。
この時は7回に分けたのですが、それぞれの記事のアクセス数は300~400件程度なのに、この記事だけは突出して異常という他ありません。
逆に、あまり公開の間隔を空けてはマズいと仕方なく書きなぐった、いわゆる「捨てネタ」なのに4桁を超えるアクセスがあったり、長年ブログを続けていても訳が分かりません。

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ね、気持ち悪いでしょ。
タイトル名のミスなどは反省しますが、こちらの意に反して、一番訪れて欲しくない人たちのアクセスが絶えないのです。
私が不愉快になり、ブログを書く意欲が削がれるのも、多少は理解して頂けると思います。

よく訊かれる質問に、「どうしてアクセスカウンターを非表示にしてるの?」というものがあります。
現在は公開前にプレビュー出来るようになりましたが、ブログ開設当初はそんな機能は無く、自分で自分のブログのURLをクリックしていました。
それが数に含まれてしまうと知ったのは一週間後くらいで、以後は記事を一度ダウンロードして、それを見るように改めました。
ちょっと面倒ではありますが、もちろんコメントのレスも、ダウンロードしてからそこに書き込みます。
そうすれば自分のブログをクリックしてしまう愚かさも防ぐことが可能ですし、本当の純粋なアクセス数も分かります。
でも当初は一週間の間に50回くらいは自らクリックしてしまったわけで、何とも恥ずかしい思いをしました。
その50回も、今でこそ大浴場に1滴のインクを落としたくらいに希釈されていますが、当時の恥ずかしさは消えないし、また、アクセス数も、かなり前からまったく意識しなくなりました。
だからカウンターを非表示に設定しているという、単純な理由なのです。
開設当時、
「わっ、10件も誰か見てる!」
などと一喜一憂していて、実はその4件が自分でアクセスしたものだと気づかなかったのも、今となっては笑い話です。

話が散らかって起承転結は無理でしたが、もし感想メールを下さるならコメント欄へお願いします。
私が対応できない場合は、管理UNIONの誰かがレスしてくれる手筈になっています。
再度のお詫びですが、私のPCへ送ったメールの返信は期待しないでください。
緊急の場合はケータイへお願いします。
当面の目標は、月に1度くらいは更新したい(願望です)、ということにして置きましょう。
今回はこれにて失礼します。
内容も無いのに長くなってゴメンナサイ。

さて、今日は日曜とはいえ、これからサラリと本を読んで勉強し、本日の仕事に備えて出掛けます。
もちろん明日も同様です。
次は自腹でヤクルトを買って飲みます。
では、皆さんお元気で。
きっと、傲慢な奴と思われてるんでしょうね、私…。



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この記事へのコメント

きらら
2012年07月16日 21:53
結論が『月』でも、そのプロセスが面白いから皆さん反応してしまうのでは?

>他人は私をどう見ているのか
お友達や知人の中で一番尊敬し、信頼出来る人です。

管理UNIONからのレスはお蕎麦屋さん担当?
さつき
2012年07月17日 07:13
地球-1とか太陽系-3とかの感想を毎回送っていたのは多分私のことです。
ゴメンナサイ(汗)
管理UNION
2012年07月17日 19:20
謝る事は無用だと思いますよ。
ご承知と思いますが、腹には何も無い男ですから。
きららさんが書いたように信頼するに充分な人物です。
みんなでどんどんメールを送っちゃいましょう!
どんな反応があるか楽しみです。(*^^)v
きらら
2012年07月17日 21:57
私は20通くらいメールを送ってるんだけど、会った時に『メール見てくれた?』って聞いても『見てない』のそっけないお返事。
やっぱりアップした記事は彼にとってもう過去の事みたいです。
(ーー゛)
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