江戸東京たてもの園 西ゾーン その2


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常盤台の写真場を出ると、目の前には、ああ懐かしや、1968年式のボンネットバス。
でもとっくに生れてたけど、この「いすゞTSD43」は見たことないような…。
あ、「何を突然」とご不審な方、前回の続きです。
まだ動かそうと思えば可能らしいのですが、メンテが追いつかず、現在は静態保存の状態。
ナンバーがないので当然公道は走れず、園内を巡回していたらしい。
どことなく不自然な塗装は、映画撮影のために変更されたカラーリングだそうです。


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バス置き場の隣(常盤台写真場のお向かい)には、麻布から移築された三井八郎右衛門邸。
言わずと知れた、三井財閥のお屋敷です。
建てられたのは1952年で、それ以前は京都にあった建物だったようですが、最初に建てられたのがいつなのかは不明。
京都から麻布、そして多分ここ小金井公園が、文字通り、建物としての終の棲家になるのでしょう。


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財閥だから金持ってんだぞ、の風味もなく、意外と小じんまりした玄関です。


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財閥だから金持ってんだぞ、の風味に満ちた玄関内側。
ここ「江戸東京たてもの園」には、各棟にボランティアのガイドさんが常駐していて、矢継ぎ早にあちらこちらの説明をしてくれます。
正面や横の板戸に描かれた絵も、確か解説して頂いた記憶はあるのですが、あまりに説明ポイントが多くて忘れました。
さぞや有名な方の作品なんでしょうね。
忘れて済みません。


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「これは帽子掛けです」
と説明されましたが、横に書いてありました。
冬にはコート掛けにもなるのでしょう。
こんなものが我が家にあったら、邪魔で寝る場所もなく、激しく困ります。


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2階に上がります。
いくら財閥といえど、私は「三井住友」に口座を持っている顧客なので、何もはばかることはないのです。
毎月毎月、いろいろな口実をつけてジャンジャン引き落とすから、気が気じゃないんだけど…。
(記帳の音がいつまでも終わらないと、心臓がギュッと締め付けられます)


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仏間の前には、立派なシャンデリアがぶら下がってました。
2階にもボランティアの方がいらっしゃって、説明して下さったのですが、忘れました。


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2階の寝室だそうです。
三井の家紋といえば「丸に井桁三文字」だと思っていましたが、これは「五三桐」です、多分。
日本国の家紋も「五三桐」です。
でもどこかがビミョーに違う…。
いずれにせよ「五三桐」は嵯峨天皇から始まり、足利氏や太閤秀吉も皇室から賜った家紋で、国を統治する象徴なのでしょう。


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2階から見たお庭です。
大きな礎石はどこから運ばれて来たのでしょう。
サイズ的には、東大寺の大仏殿を支えるほどの巨石です。
本来、あるべき場所にそのまま置かれていれば、貴重な文化財だったでしょう。
南面した母屋は日当たりも良く、蒲団を干すには持って来いの環境です。


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母屋と棟続きで、立派な蔵があります。
金蔵か米蔵かは不明ながら、コガネムシだってお金持ちになって金蔵を建てたのですから、私も蔵を建てられるほどのコガネムシになりたい…。


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1階からそのまま蔵へ移動できるらしいので、階段を下ります。
ずいぶんきれいなのは、ただ移築しただけではなく、それなりの手入れがされている証拠。
これからずっと保存し続けるのであれば、どうしても必要なことなのでしょう。
その代わり、人が暮らした匂いが感じられないというか、現実味からは遠く掛け離れた印象を受けます。


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蔵は3階建てで、その3階から階段を見下ろします。
とびきり丈夫で太い木材を使っていて、やはり蔵は堅牢でなければその役割を果たせないのだと納得です。


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長持が置かれています。
かつては大判小判がザックザクだったのでしょうか。
以下の説明文がありました。

 この土蔵は「越後屋」の「絹蔵」であったと伝えられ、三井家ではとりわけ大事にされていた。頭上の小屋組には、墨字で「明治七甲戌年建之」と大書されており、創建の古さを伝えている。
 展示ケース内に展示されている杉戸や襖は、三井八郎右衛門邸内に嵌め込まれていたもので、古くは京都にあった油小路邸(1897年頃建築)に使用されていたものである。


「あゝ上野駅」の井沢八郎や、真鶴の海岸で亡くなったタコ八郎は知ってるけど、三井八郎は知りませんでした。
ここは絹蔵だったんですね。


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蔵からまた母屋へ戻ると、そこは厨房と配膳室でした。
流しはシステムキッチンだし、ガスオーブンのグリルなんぞもあって、麻布当時は七面鳥の丸焼きなんかを作ってたんでしょうか。
その頃の庶民は、渋うちわをパタパタやって、七輪でメザシやサンマを食べてました。
私は七面鳥よりサンマの方が好きです。
七面鳥、食べたことないけど…。


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配膳室に隣接する食堂です。
ナイフとフォークを上手に使いながら、
「いずれ我が金融部門は、さくら銀行と名を改め、その後に住友と合併しちゃおうか」
などの会話をしていたのでしょう。
この雰囲気なら、やっぱり七面鳥だな。


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こちらは食堂のお隣の応接室。
昭和になっても、明治期からの和洋折衷ブームが、まだ続いていたのですね。


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応接間から食堂を見ます。
天井が高いせいもあるのでしょうが、欄間の大きさと意匠にちょっと違和感を覚えます。


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廊下突き当たりの櫛形窓からは、武蔵野の豊かな自然が眺められます。
あ、麻布から移築されたんでしたっけね。


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幅広の廊下はレッドカーペット。
右に食堂と応接間が並んでいます。


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天井からの照明にも独特な何かがあるらしく、またボランティアの方が丁寧に説明して下さいましたが、例によって忘れました。
廊下も格天井なんですね。


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廊下からお庭を拝見します。
蹲踞か手水鉢かは分かりませんが、奥の書院と相まって、なかなか良い雰囲気です。


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ほぼ、典型的ともいえる書院造りの室内です。
和洋折衷ばかりで混乱した頭が、ずいぶん癒されます。
どの部屋に住みたいかと問われれば、私は迷わずこの部屋を選びます。


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中庭と呼ぶには、あまりにも小さな坪庭。
小さな露地灯籠を置き、篠竹とツワブキに、コゴミなどのシダ類を組み合わせれば、かなり魅力的な空間になると思うのですが…。

これにて、三井さんちのお宅訪問は終了です。
下町の小倅じゃなく、財閥の御曹司に産まれたかった…。

ちょっとふざけ過ぎたので、最後に正確な説明を真面目に載せて終わりにします。

 本邸は日本の近代史に三井財閥として名を残した三井同族十一家の総領家、三井八郎右衛門高公(たかきみ)氏の第二次世界大戦後の住宅である。1906年(明治39)以降の本邸であった今井町(現、港区)の邸宅が戦災により焼失した。そのため財閥解体を経た1952年(昭和27)に麻布算(こうがい)町(現、港区西麻布三丁目)に本邸を建築して移り住んだ。この本邸が三井八郎右衛門邸である。
 西麻布本邸は京都・大磯(神奈川県)・用賀(世田谷区)・今井町にあった三井家に関連する施設から建築部材、石材、植物などが集められて建築が行われている。邸内からは財閥が繁栄していた頃の男爵三井家の威勢を窺うことができる。
 2階には高公夫妻の寝室、仏間がある。仏間は仏壇に向かって左側に初代三井高利夫妻の画像が懸かっているほか、幕末・明治維新期の当主三井高福(たかよし)氏の剪綵(色糸や絹布などで作った細工物)による龍の天井画や高公氏の父親三井高棟氏作の鳳凰の襖絵がある。先祖の霊を弔うにふさわしく三井氏歴代を感じさせる部屋となっている。また、仏間前のシャンデリアは第一国立銀行に飾られていたものといわれ、西麻布以前は大磯の別荘城山荘にあった。
 本邸の西側には土蔵が移築されている。この土蔵には1874年(明治7)の建築を示す墨書がある。伝承では駿河町三井越後屋の絹蔵であったという。西麻布邸移築前は今井町にあり、戦災にあわず焼け残っていた。なお部材の痕跡から1950年(昭和25)の移築を含め3度の改造が確認されている。
 1階の書院の二間は1897年(明治30)に完成した京都油小路三井邸の奥書院の部材を使用してできている。奥書院は田字形に配置された八畳四部屋の書院で、「四季之間」ともいわれた。油小路邸は三井高棟氏が自ら関与しており、窓や欄間に桂離宮の意匠を取り入れていた。高公氏はこの油小路邸の一部を移すにあたって、高棟氏の採用した建築意匠を西麻布邸に移そうと努力した。油小路邸を飾っていた春夏秋冬を題材とした襖や月の字崩しの欄間、櫛形窓を現在の邸内に見ることができる。
 また1・2階の襖・障子・戸に描かれた大半の花鳥風月の絵画は明治期の四条丸山派の画家による。これらの多くは京都油小路邸建築に際して描かれたもので森寛斎や国井応陽、応祥等の名前を見ることができる。
 邸の南東隅には望海床と名付けられた和室が移築されている。もとは大磯の城山荘にあり、西麻布への移築は1964年(昭和39)であった。城山荘にあった当時は三井高棟の画室として使用されており、床にはオンドル式の暖房が設備されていた。移築後、一時的に立礼式の茶室として使用された後、庭園にあった茶室前後軒の待合に使用されていた。
 三井八郎右衛門邸は各地の三井財閥関連施設を部分的に移すことで構成されており、往時を偲ばせる建物である。



「江戸東京たてもの園」の西ゾーン巡りは、まだまだ続きます。



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