Tokyo長靴Walker


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人生の大先輩、もっきりやの旦那が東京に出て来てるので、例によってお呼ばれされました。
待ち合わせの某私鉄駅に降り立つと、相変わらずのスタイルで出迎えてくれました。
旦那にとっては、住み慣れた僻地も、生まれ育った東京も一切関係ないようです。
いえ、腰手拭いをぶら下げてない分だけ、東京を意識したスタイルといえるのかも知れません。


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旦那の軽自動車で移動して、近場のファミレスへ向かいます。


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今日はポカポカとお日柄も良く、さすがにジャンパーは脱いだものの、旦那は白昼堂々、この格好でファミレスの階段を上がります。
ケミカルウォッシュのジーンズも健在です。
デニム生地って、ホントに丈夫なんですね。


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積もる話は山ほどあって、社交辞令の「お元気でしたか?」から始まり、らくらくフォンの話、満開の桜の話、僻地の話、仕事の話、Nシステムの話などが会話の導入部であり、様々な話題が速射砲のように出て来ます。
それと並行しての食事なのですが、ハンバーグが軟らか過ぎて美味しくなく、だからファミレスの名前は伏せます。
店側も、こちらがかなりの年齢と判断して、老人食を提供したのでしょうか。
まあ、ここでは「値段相応」とだけ書いて置きましょう。
そうそう、旦那は実家の老犬の世話のため一時的に東京に戻っているわけで、いわば老々介護の体です。
介護には二本足も四本足も関係ありません。
生きとし生けるものすべての命は、すべからく平等でなければいけないのです。

「団塊の世代は戦争の後遺症」
と言い放つ旦那ですが、世代的には旦那よりずっと下の私にも良く分かる表現です。
団塊の世代はほぼイコール全共闘世代でもあり、彼らから上の人たちが、戦後の日本、今日の日本を造り上げました。
その産物として原発も次々と誕生したわけですが、日本人は人知の及ばないシステムまで造り上げてしまったものだから、そのしっぺ返しがいま、災いとして降りかかっているのでしょう。
政官財の利権トライアングルが、わずかな同床異夢と呉越同舟の護送船団方式で進めた原発の責任は、ネクタイの人も長靴の人も、同世代人として等しく負っているわけです。

どこへ逃げても危険は同じ。
柏崎刈羽が、実は活断層の上に立地していたように、浜岡原発もそんな場所にあるらしいと漏れ伝わります。
これも風評の一種かも知れませんが、心構えとして、頭の隅っこに記憶する価値はありそうな情報です。
「こうなったら仕方ないだろう」
旦那はとうに腹を括っていて、諦観やルサンチマンとはやや違うものの、この点に於いては私と同意見です。
未来のある人には安全な水を提供し、安全な食品を食べてもらい、反対に私から上の世代は、放射能だろうが何だろうが構わずに食べ、飲むべきなのです。
直接関わっていないにしても、それがいまの混乱に対する責任の取り方だと考えるのです。
同じ時代を生きるとは、そういうことなのです。

旦那の通夜には都はるみと五輪真弓を流し続け、遺骨の中にはタミコの骨と、小津のDVDを入れて納骨を済ませることを約束しました。
お墓は東京の多磨霊園です。
それが私の役割であり、いままでの恩義に報いるミッションなのです。
いつまでも元気でいて欲しいとは思うものの、逆の立場になることだってあり得るのですから、年長さんには、より多くの危険食材を食べて頂かないと、世の中がうまく回りません。
順送りもままならない人間の寿命ですが、
「もう開き直って生きるしかないよ」
の言葉に、若干の怨み節が滲んでました。

「この格好で、俺は銀座でも新宿でも、どこでも歩けるんだ」
開き直りとは違う、生きる上での信念や自信が備わっているようです。
こうして、長靴をはいた旦那と別れたのでした。
そういえば、「長靴をはいた猫」って、どんなストーリーでしたっけね。



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