我が心のサリンジャー


今日、サリンジャーの訃報を知った。


米作家サリンジャー氏死去=「ライ麦畑でつかまえて」
1月29日5時59分配信 時事通信

 【ニューヨーク時事】小説「ライ麦畑でつかまえて」(1951年)で知られる米作家J・D・サリンジャー氏が27日、北東部ニューハンプシャー州の自宅で老衰のため死去した。91歳だった。家族が28日明らかにした。
 米メディアによると、サリンジャー氏は1919年にニューヨークのマンハッタン地区で生まれた。10代から小説を書き始め、40年には処女作「若者たち」が雑誌「ストーリー」に掲載され、作家業のスタートを切った。第2次世界大戦にも従軍、ノルマンディー上陸作戦に加わった。
 代表作の「ライ麦畑でつかまえて」で大きな名声を得た後は、ニューハンプシャー州に転居し、隠遁(いんとん)した。生涯を通じた作品数は少なく、同作以外には短編集「ナイン・ストーリーズ」や「フラニーとゾーイー」など。65年以降は新刊を出さず、沈黙を守った。55年の2度目の結婚で2人の子供をもうけるも、67年に離婚した。 



サリンジャーといえば、言わずと知れた「ライ麦畑でつかまえて」
確か、初読は高二の時だった。
60年代のアメリカ社会の病巣を斜視線の一人称で綴った物語が新鮮で、むさぼるように読んだ記憶がある。
作者の意図をより深く知ろうと辞書を手に原書に挑んだが、スラングが多すぎて早々に挫折した。
その後、またどうしても読みたくなり、書店で「ライ麦…」を探して買った。
ところが、二十世紀米文学の最高傑作ともいわれる本なのに、高二当時の感動は甦らなかった。
2003年には村上春樹訳で「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が出版され、早速購入して読んだが、読みやすさを加味しても、心に響くものは無かった。
明らかに年齢のせいなのだと思った。
(村上本は、友人に貸したまま行方不明)

そして今日、読み返してみた。
高二の時も、おそらく野崎孝訳の本だったことは間違いないが、かつてのようには入り込めない。
どうやらそれは、訳された文体のせいなのだと思い至った。
全編が同じ文体で統一されているので、どこを切り取っても同じだが、最初の数行を抜き出してみよう。


 もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたかとか、チャチな幼年時代はどんなだったのかとか、僕が生まれる前に両親は何をやっていたかとか、そういった《デーヴィット・カパーフィールド》式のくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなことはしゃべりたくないんだな


無理に言文一致を心掛けても、外国のその時代を切り取った邦訳には、自ずと限界がある。
シニカルな視線で綴られたティーンエイジャーの独白は、一人称では「僕」とは言わないだろうし、「くだんない」は今となっては陳腐な言い回しで、こちらが恥ずかしくなる。
「なんだな」に至っては、山下清を思い浮かべてしまい、ストーリーに入り込めなかった。
当時の感動は、高二の琴線に触れただけだった。
されど青春の一冊であることは間違いない。
この文体に、当時共感した自分が存在している。
さよならサリンジャー。


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