タミコ追悼


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タミコの訃報が届いた。
数ヶ月前から、そろそろあぶないとの知らせは貰っていた。
最近は歩くこともままならず、よろよろ腰砕けの状態だった。
友人が仕事から戻ると、留守を預かっていたタミコが必死に出迎える。

仕事から帰ってみたらタミコは頑張っていてくれました。
可哀想で可哀想で涙が止まりません。


友人からのメールが入る。
こちらも胸を締めつけられるが、遠方のことゆえ、簡単に駆けつけることもままならない。
そして昨晩、7時50分にメールが入った。

今日のタミコは横になっただけです。水はスポイトでのませます。
頑張ってます。


その後、それから一時間も経たない8時30分に、タミコが旅立った。
友人の膝の上だった。


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東京千住の町の片隅で、ノラだったタミコは友人に拾われた。
そして十五年、タミコは常に友人とともにいた。
出産経験のあるタミコだが、きっと、もうそんなことは覚えていないのだろう。
美人の彼女だから、オス猫からも人気があったに違いない。
ノラのままでいたら、おそらく寿命はもっと短かったはずだ。
それを友人に拾われて、ずいぶん幸せな一生だったと思う。
そう思わなければ浮かばれないではないか。

まだノラだったころのタミコを写したビデオがある。
ただ漫然とタミコを撮っているだけの冗長なものだが、友人宅で、そのビデオに見入った。
私は膝にタミコを抱き、「ほら、お前が映ってるよ」と画面に顔を向けさせるのだが、当のタミコは己が姿にまったく関心を示さず、私のネルシャツのボタンをガシガシかじるばかりだった。
あの温もりが忘れられない。
寝静まった深夜、私の布団に入れろと、耳元で訴える彼女の鳴き声が忘れられない。
眠いので無視してしまったが、年増猫と同衾してあげればと後悔している。
しかしすべてはもう手遅れだ。
内田百閒ではないが、消えてしまったネコを想い、私もボロボロと涙が止まらない。
独り残された友人の心情を思うと、また一層泣けて来る。


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最後に友人から届いたメールと、遠くへ旅立つ直前の、タミコの添付写真を載せて、東京から冥福を祈る。
こんなにも痩せて彼岸へ向かって、体力は大丈夫なのだろうかと考えたら、また泣けて来た。

タミコが死んでしまいました。
5時ごろからヒザの上で映画を見てました。
8時ごろから呼吸が荒くなって2,3回足を蹴るようにして静かになりました。
僕が外から帰るのを待っていたようです。
どこもかしこもタミコの匂いで一杯です。
さて、あしたからさびしくなるぞ。



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