お札を納めに参ります


画像

新しいお札を氏神様に頂き、古いお札を納めました。
今まで「納める」で通して来ましたが、見れば「お焚き上げ」とあります。
それって地方によっては「どんど焼き」でもあるわけですが、いったいどちらが正しいのか判りません。
この時期、別のお寺さんでは「護摩木納め」などとあって、混乱します。

今日は官庁をはじめ、多くの企業も仕事納めのようです。
私には仕事納めも仕事始めも無いので、正月休みのある人がちょっぴり羨ましくもあります。
田舎のある人はたくさんのお土産を持って帰省し、懐かしい顔と再会するのでしょう。
海外へ出掛ける人も多いようで、国内だけでなく、地球規模で民族大移動も相変わらずのようです。
それぞれが仕事を納めた人たちばかりで、東京も少しは静かになります。

「納める」といえば、思い浮かぶのは「年貢の納め時」とか「年貢を納める」の表現です。
専従サラリーマンは関係ありませんが、現代では確定申告の元に、納める年貢の金額が変わりますね。
「年貢の納め時」などは、「ジタバタしないで、納税しなくちゃ」ということになるのでしょうか。
昔はお米や地産物などでOKでしたが、現代の年貢は銀行引き落としが主ですから、銀行にお米を持って行っても預かってはくれません。

動産や不動産で物納という方法もあるようですが、結局はお上の手に渡る時は現金になるのですから、納税はお米の物納でも良い理屈ですよね。
他にも納めるものはいろいろありそうですが、なんか話が迷路に入ってしまいそうなのでやめます。

で、今日は知人が、「お納め下さい」と、お金と菓子折りを持って来てくれました。
え? 何のことか判らず一瞬ポカンとしましたが、すぐ思い出しました。
今年の始めころ、一万円を貸したのでした。
貸してしばらくは覚えていました。
でも、一ヶ月も経つと忘れてしまうものなのですね。
普通、お金の貸し借りは、貸した方がシッカリ覚えていて、借りた方は忘れることが多いようですが、ビックリするくらい律儀な知人でした。

なぜ忘れてしまったかというと、一度貸したお金は絶対に戻って来ないのが世の常で、貸す時は、あげたつもりにならないとストレスが溜まる一方で、精神衛生上あまりよろしくないから、忘れることにしたのです。
友人ともいえない知人程度の関係でしたから、尚更です。
ところが、お金が戻ったことよりも、忘れずに覚えていてくれたことが嬉しいのです。
思わず昼食に誘い、お寿司をご馳走してしまいました。
(寿司は廻ってましたけど…)

こんな些細なことが嬉しいのは、今までの人生で、ほぼ初体験といってもいいことだったからです。
思い返すのもあまり愉快ではないのですが、貸したものが返って来たことがありません。
お金はもちろん、レコード、CD、ビデオ、本、写真、服(ジャケットやコート類が多いかな)など、多岐に及びます。
私だけかも知れませんが、面と向かって、「アレ、そろそろ返してもらえないかなあ」とは言いにくいのです。

人間関係を壊したくない、小さなことにこだわる(こちらにしてみればお宝だったりするんですけど)セコい奴だと思われたくないという見栄が働いてしまうんですね。
逆に我が身を振り返って、誰かに不義理をしてないか、いま考えたり思い出そうとしているところです。
今年もあと数日、さっぱりして新年を迎えたいものです。

暗くなって、繁華街を歩いていると、立ち飲み屋から「ラブ・ミードゥー」が流れて来ました。
「ビートルズを流す立ち飲み屋って、ちょっといいな」と思いながら通り過ぎました。
仕事納めの終わったサラリーマンのお父さん、お兄さんたちは、ずいぶん楽しそうでした。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2020年01月
         1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31   

過去の記事

テーマ別記事

最近のコメント

QRコード