金ならあるぞ


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年も押し詰まり、実家の神棚を掃除した。
我が家には小判がザックザックとあるのだ。
全部ボール紙製だけど…。
金色の紙を貼ってあるだけ。
でもこれだけのお金があると信じ込めば、心は、もとい、懐は豊かな気分になる。

もうかなりくたびれた小判なので、新しく買い直そうと考えていた。
神棚に供えてあるのだから、やはり仏具屋さんや神棚屋さん(そんな店あるのか?)だろうと、ずっと探していた。
でも改めてよく見ると、浅草寺の小判ではないか。
今まで、まったく気付かなかった。
いつの時代か判らないけど、とにかく婆ちゃんが浅草で買って来たものだ。
だけど神棚にお寺さんの小判って、どうなんだろう。
そういえば、毎年「歳の市」で小判が買えることを思い出した。
たしか一個300円だったと思う。
よし、買いに行こうと考えたものの、今年の「歳の市」はもう終わっている。

せっかく婆ちゃんが買って供えたんだから、買い替えず、ずっとこのままでいよう。
そう決めた。
(だから我が家はいつまで経ってもビンボーなんだな、きっと)


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氏神様である住吉神社で新しいお札を頂いてきた。
これも神棚に納めるのである。
小学生の頃、この天照大神が読めず、「てんてるおおかみ」と言って笑われた記憶がある。
成長するにしたがって少しは賢くなったが、それでもまだ知らないことばかりで相変わらずバカである。
自慢ではないが、そうなのである。


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生前、婆ちゃんが言ってた。
「震災の時、この水差しが玄関まで飛んだんだよ」
震災とは、もちろん関東大震災のことだ。
たしか1923年のことだから、その時すでに、この神棚はあった。
実家は築100年以上である。
震災でも、びくともしなかったのである。
実家のある佃島は、運よく空襲からも逃れた。

今はもう「古民家」なんだけど、そこは下町のちっこい家。
玄関の扉を開け放てば、外からすべて丸見えだ。
それくらい小さく、そして古いのである。
婆ちゃんは大正の初めに嫁いで来た。
その時には、すでにこの家は建っていたという。
それでも住宅診断士の見立てでは、ちょっとやそっとの地震なんかで崩壊することはないだろうとのこと。
だけど100年モノだから、あちこちのリフォームは必要だ。
でもキチンと手入れをすれば、あと50年くらいはシッカリ建っていてくれるだろう。

正直にいえば、診断士のお墨付きはあるものの、地震が来るたびにビクビクしている。
せめて、地震は私が死んでからにして貰いたい。
そう神棚に手を合わせ、祈るのである。


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