極楽温泉


山の食べ物も美味しいけれど、お客さんの一番のお目当ては温泉でしょう。
日本二百名山のひとつ、鳥甲山を正面に眺めながらの昼間のお風呂は開放感たっぷり
そしてまた夜の露天風呂も風情があって良いものです。
晴れた日には満天の星。
その中央に天の川の帯が渡っています。
超満室状態は過ぎましたが、今月いっぱいはほぼ満室の予約状況です。

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厨房で夕食の支度をしながら陽の傾きを睨み、頃合いを見てランプのスイッチを入れていた。
豆電球とはいえランプの淡い灯りには癒される。
岩を枕に適温の湯に浸かりながら空を仰げば流れ星は頻繁に出現し、明け方近くには人工衛星も通り過ぎる。

ここ和山への通電は昭和29年。
中津川沿いに点在する12の集落の中でも一番遅かった。
しかし今では道路もすっかり整備され、都心からは日帰り圏内の温泉だ。
もちろん日帰り客も受け入れている。
古くは江戸時代の鈴木牧之から明治期の長塚節、そして昭和の中頃までの岳人たちは数日をかけて徒歩でやって来た。
『奥秩父研究』の名著で知られる原全教や、山好きには馴染みの串田孫一、川崎精雄、三宅修など錚錚たるビッグネームである。
彼らは仁成館や和山温泉、鳥甲山について多くの随筆を綴っている。
国鉄上越線の石打から、そして志賀方面からは清水小屋を経て雑魚川沿いに、また群馬側からは野反を越えて「草津街道」を、命からがらにたどり着いた。
そんな時の温泉はそれこそ体中に染み渡る極楽気分だったに違いない。

ほんの数十年前までは日帰りなど夢のまた夢、自分の足だけが頼りの時代だった。
それが今は高級外車に乗って短パンやミニスカートでやって来る。
足はタイヤに取って変わった。
先人が見たら腰を抜かすだろう。
残念なことに串田、川崎の両巨塔は先年鬼籍に入られた。
川崎先生とは二度もお会いしながらその著作にサインを頂くことも叶わなかった。
衷心よりお二人のご冥福をお祈りする。

温泉発見は寛政元年。創業は寛政六年。
まぎれも無い老舗旅館の名湯だ。



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