公器は凶器


「日の丸、君が代」裁判での東京地裁判決はご存知でしょう。
朝読毎の三大各紙は一面トップ報道。
日経はともかく、産經は三面への掲載でしたが、その内容に恐怖を覚えました。
「教師や勤め先の学校名をどんどん公開してほしい。主義主張のはっきりしている彼ら彼女らも望むところではないだろうか」
悪法といわれながらも個人情報保護法が浸透しつつある昨今、
(原告側の思想信条に不満があれば、どうぞ嫌がらせを…)
の悪意に満ちた檄文。
何をか況や、です。
似非右翼による加藤紘一の実家放火は記憶に新しいところですが、テロを助長する新聞社が存在するとは…。
憲法十九条の否定は全体主義の肯定。
ふたたび「いつか来た道」を歩むのはご免です。

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教育基本法が改正され、2006年12月22日に公布、施行されました。
愛国心を養うための法律だそうです。
法で規制しなければならないほど、今の日本人には愛国心が希薄だということなのでしょう。
一方で、思想信条の自由も憲法に明記されています。
本来、絶対に強制してはいけない人の心を強制することになったのではと、素朴な疑問が湧きました。
『そんな奴は日本から出て行け』
と叫ぶ勢力もいるようですが、この発言だって十九条で保障されています。
右左など関係なく、私は多くの人たちと仲良くこの国で暮らしたいだけなのです。

君が代に接する時、ふと、国歌が「ふるさと」ならきっと素敵だろうなと考えてしまいます。
『夢は今も巡りて、忘れ難きふるさと』
これが国を思う私の心です。
私の愛国心は違憲なのでしょうか。
決して君が代を否定するつもりはありません。
ただ、私の心の中では、「ふるさと」はもうひとつの国歌です。

私は赤旗も読めば、靖国神社にだって行く人間です。
その意味では右でも左でもありません。
私が嫌いなのは、戦争や、戦争につながるすべての思想や行動です。
もちろんテロも同様です。
「大衆の革命は頭脳からではなく胃袋から来る」
と言ったのはデービッドでした。
無血革命などは例外として、いわゆる社会主義を標榜する革命もご免です。
極左の思想などはもう論外です。
ならば右はどうかと考える時、一般的にその象徴は靖国問題ということになるのでしょう。
古来から一木一草にも神が宿ると信じた日本人の宗教観は、万物に手を合わせる行為を当たり前に行なって来ました。
況してや人間は死して神となると祭祀された訳ですから、これはもう崇めて当然なのでしょう。
小泉さんは周辺諸国や反対勢力の懸念にも動じることなく靖国に参拝しました。
一方、総理在任中は参拝しないと明言した福田さんは、定例会見で記者の問いかけに対して、諸外国に配慮し、
「あなただって仲良くしたい人の嫌がることはしないでしょ」
と言った内容の発言をしました。
考え方はそれぞれですが、「いっさい言及しない」として「逃げ」を打った安倍さんには無い見識です。
安倍さんにはがっかりさせられました。
同世代ということで期待していたのですが、強硬採決を繰り返す政治姿勢、そして記憶に新しいあの無様な辞任劇。
参院選であれだけ惨敗しながら民意を無視し続け、あげくの果ての突然の職務放棄には唖然としました。
体調が悪ければ首相代理を任命してでも、国会開期中の混乱を避けなければいけない時でした。
歴代総理の中でも最悪の人物だったとの評があります。
そうかも知れません。
最近では参院本会議での採決を欠席した小沢さんを批判していましたが、苦笑を禁じ得ませんでした。
(私は支持する政党はありません)

話が逸れました。
ご承知の通り、靖国神社にはA級戦犯はもちろん、軍人、軍属、準軍属、そしてひめゆり部隊の娘さん、学徒動員の若者、対馬丸の児童などが神として合祀されています。
戦犯といえど、極東裁判で決定した刑が執行されたのだから、という理由だそうです。
一番議論の分かれるところですが、それぞれの論旨にも納得してしまう部分があり、正直に言って私には判りません。
私は靖国に行けば、ただ無心に頭を下げ、不戦の念を新たにするだけです。

「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」
があります。
春秋季の例大祭や、終戦記念日に超党派の議員さんがお参りをしています。
超党派だから、中には民主党の議員さんもいます。
皆さんは戦争の犠牲者に哀悼の意を捧げています。
不戦も誓っているはずです。
小泉さんは知覧で特攻隊員の遺書に滂沱の涙を流しました。
だから国のために散った若い命に尊崇の念を抱くのは当然でしょう。
戦犯合祀の問題など瑣末なことなのかも知れません。
「きけわだつみのこえ」を読めば、私だって涙を禁じ得ません。

靖国や千鳥ヶ淵戦没者墓苑と一緒に、私にはもう一ヶ所、必ず訪れる場所があります。
東京都墨田区の、
「東京都慰霊堂」
ここは空襲で犠牲になった身元不明の遺骨10万柱以上が納められ、宗派を超えて祭祀されている施設です。
慰霊堂は墓所です。
「神」という目に見えぬ概念をも凌駕超越する、有機物としての人間の、崇高で確かな存在を祭っている場所です。
この墓所で眠る人たちのほとんどが非戦闘員の女性や子供、お年寄りたちでした。
遺書など書く間もなく突然の空襲に逃げまどい、犠牲になった人たちでした。
この人たちは靖国には祀られていません。
だから、
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」
の議員さんたちが集団で参拝することはありません。
神ではないからでしょうか。
例大祭の後、靖国から千鳥ヶ淵へ向かう議員さんは知っていますが、わずかな距離にもかかわらず、ここへ来て手を合わせ、不戦を誓う議員さんを見たことがありません。
死者を悼み、二度と過ちを繰り返さないと本当に誓うなら、ここだけではなく、靖国に参拝したその足で広島や長崎へも労苦を厭わずに駆けつけるはずです。
良識とまでは言いません。
でもそれが国政を任された議員としての、常識ある最低限の行動、そして人間としての存在意義の根幹を成すものではないでしょうか。
こう思うと、左右の対立など不毛で愚かなことと言うほかはありません。

思っていることの半分も書けてはいませんが、長くなるのでここでやめます。


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この記事へのコメント

獅子座の女
2018年02月02日 01:45
『左右の対立など不毛で愚かなこと』
全くその通りだと思います。
どうして他者に優しくなれないのかな。
『ふるさと』
郷愁が沁みて、しみじみ聴きたい普遍の名曲ですね。
日本人の優しさと風土が大好きです。
時雨亭
2018年02月02日 12:31
はじめまして
10年以上も前の古い記事なので忘れていました。
私は日和見なので変節しますが、新聞は変節せずに存続しています。直近では産經VS琉球新報の報道がありましたね。
読売はJ党の広報誌、産經はA内閣の広報誌のポジションは不変のようです。一紙だけ読んでいたのでは何かしらのバイアスに傾くので、極力多くの新聞を読むようにしています。
『左右の対立など不毛で愚かなこと』
今でもこの思いは『ふるさと』と共に変わりませんが、左右の表現も死語になりつつあるようです。
獅子座
2018年02月08日 22:06
こんばんは。
リプで頂いた『産經VS琉球新報』の続報を、
NHKのニュースで確認しました。
お詫びと削除で幕引きですね。
時雨亭
2018年02月09日 00:13
いかにもA内閣の御用新聞らしい(笑)
「危険顧みず日本人救出し意識不明の米海兵隊員」とか「日本人救った米兵、沖縄2紙は黙殺」とかの捏造記事も、バックには国家権力がついてるんじゃい、の意識があるから、ウラも取らずにノリで載せちゃったんでしょう。
真実を報じない沖縄タイムスや琉球新報は日本人として恥だ、とまで書いてしまった大政翼賛会的勇み足こそ、日本人として恥ずかしいですねえ。いかにも産經らしくて大爆笑しちゃいました。
獅子座
2018年02月10日 14:55
ホントに恥ずかしい醜態を曝しましたね。
私もバカ受けしました。
時雨亭
2018年02月10日 16:54
獅子座さん、こんばんは。
「反日」メディアを嗤ったわけですから、
その一味が荒らしに来るかも。
ま、いいか。
バンバン削除しちゃいます。(笑)
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