殉死して神となる


地下鉄を降りて地上に出ると、そこは乃木神社。
明治天皇大葬の日に、婦人とともに自刃した乃木希典の自宅跡です。
旅順攻略に於いて多数の戦死者を出したことから、戦略家としての乃木の資質に疑問を投げかけた司馬遼太郎の「坂の上の雲」など、負の評価もありますが、自身も二人の息子を失ったことや、天皇に殉ずる生きざまを目の当たりにして、当時の人たちはその行動に尊崇の念を抱いたのでしょう。
今の人は、「アナクロニズム!」と言うかも知れませんが、そういう時代だったのです。
原宿の東郷神社とともに、日清日露の名将は軍神になりました。

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殉死追い腹で、まず思い浮かぶのは赤穂浪士だろう。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
と腹を切る。
ところが再び百鬼園先生に登場願うが、先生は以下のように解釈する。
(福武書店さん、また無断盗用します。ごめんなさい、確信犯です)

腹の中に人間の魂や命が這入っていると思ったがために、腹が黒いとか太いとか、腹がないから駄目だとか、いろいろ尤もらしい言葉が出来た。
怒ることを腹が立つと云うけれども、腹の中のどの部分が立つのだか、または腹全体が、どう云う風に向くのだか、自ら按じて見ても、実感はないのである。
腹の方では一向関知しないことなのに、誤解がもとで、言葉が出来てしまって、腹が、腹がと云っている内に、思いつめた侍が、ここを破れば命が抜け出して行って、乃ちその後の身体が死んでしまうと考えたに違いない。
切腹と云う自殺の形式は、言葉の錯誤に始まっている。
単なる言葉の濫用から、こんな大変な誤解を生み、古来幾千人の不幸な侍が、見当違いの所をかっちゃぐって、傷をつけたか知れない。

(福武文庫 内田百閒著 「続百鬼園随筆」より抜粋)

百鬼園先生はここでは赤穂浪士や乃木のことを書いた訳ではないが、陸軍士官学校や海軍機関学校で長年教鞭を取っていた明冶生まれの人の考えの一端であることは事実だ。
中村草田男の、
「降る雪や明治は遠くなりにけり」
の有名な句もあるが、今では昭和すら遠くなりつつある。
「♪それでも乃木坂あたりでは、私はいい女なんだってね~♪」
梓みちよの「メランコリー」が流れても、若い人たちは、
『なにそれ?』
と言うのがオチだろう。

ところで百鬼園先生だが、芸術院会員推薦を辞退した時の理由が、
『いやなものはいやだ』
明治人としては稀有な考えの御仁だったのかも知れない。

戦争然り、理屈などない、いやなものはいやだ。
平和が一番。



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