孤立


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3日朝から間断なく降り続いた雪で、8日、秋山郷が孤立した。
長野県はすでに4日午前の段階で21年振りの豪雪対策本部を設置していたが、大雪は県北全域を襲い、その時点で栄村だけが突出して目立っている訳ではなかった。
全国規模で見ても大雪による被害は日本海側全域に広がっており、すでに長野県内だけでも亡くなられた方が数名出ていた。
そこへ秋山郷孤立のニュースが流れた。
頻発する雪崩が国道405号線を塞ぎ、栄村の信州秋山郷内で300人、津南町域の越後秋山郷で200人、合わせて約500人の人たちが雪に閉じ込められた。
唐突な印象を受けたが、それだけ全国的に豪雪被害が広がっていたということだ。
栄村では積雪4メートルを超え、そこを除雪すると雪の壁は6メートルにも達していた。

年末から夜間の通行止めは続いていたが、唯一のライフラインである国道が終日止まり、秋山地区への生活物資輸送が途絶えた。
通行止め区間は新潟県側の見玉、大赤沢間約10キロ。
10日には新潟県の要請により災害派遣で出動した陸上自衛隊高田駐屯地の隊員が加わり、見玉からの除雪作業が本格化した。
栄村域内へは松本駐屯地から出動したヘリが、除雪機に使用する燃料を空輸。
翌11日には除雪のための隊員多数が秋山地区に入った。
長野県内では飯山市に次いでの災害派遣要請だった。
新潟県もヘリを使って結東(けっとう)へ医療チームを派遣している。

メディアの報道も過熱した。
津南町役場の駐車場には各局の中継車が並び、移り変わる状況を刻々と伝えた。
津南町ではすでに積雪が4メートルに迫っていた。
損壊する家屋もあった。
新聞では伝わらないリアルタイムの情報が全国に流れる。
孤立地区への電話取材も連日行われ、住民のナマの声が届く。
しかし、住民とテレビ局との間には多少の温度差があった。
孤立したとはいえ、豪雪地帯に暮らす人たちだ。
食糧や燃料の備えは充分にあった。
ところが聴き手は恣意的な質問に終始する。
『生鮮食品がなくてお困りでしょう』
『灯油はどの程度残ってますか』
『お薬などは足りてますか』
『いま一番必要なものは何ですか』
まるでこれから一ヶ月も二ヶ月も孤立が続くことを前提としたような質問を浴びせ掛ける。
保存食はある。
電気は通じているので暖房器具が使える。
薪ストーブを備えている家も多い。
ところが、
『何か足りない物は?』
と訊かれると、懸命に、
(何か足りないものは…)
住民は電話の向こうで考えてしまう。
『パンがありません』
思いつくまま素直に答える。
『それはお困りでしょう』
などの会話が毎回続く。
そんな中で、和山の島田福一さんは滑らかな標準語で的確な答えを返していた。
局は違うが、仁成館の主人も淡々と、そして冷静に状況を語っていた。
私が連絡を入れると主人が出て、
『ウチは半年くらいは籠城できるぞ!』
と元気な声だった。
もし食糧や燃料が不足する家が出れば、そちらに回せるだけの備蓄はあると言う。
頼もしかった。

秋山地区全体の状況を把握していたのは、栃川高原で「ヒュッテひだまり」を経営する相沢博文栄村々議だった。
自衛隊の活動状況なども含め、孤立する地域の正確な情報を発信し続けていた。
「ひげさん」の愛称で親しまれている議員さんだが、この人は後に、「豪雪支援感謝キャンペーン」の中心となって活躍する。

通行止めは13日に一時解除された。
午後2時からのわずか3時間だけだったが、住民の孤立は5日振りに終わった。
津南へ買い物に出る車や救援物資を輸送する車が列をなした。
翌日から二日間はまた封鎖されたが、16日からは時間制限はあるものの、毎日の通行が可能になった。
豪雪期間中、栄村では豪雪による死者が二名出た。



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