時雨亭往還

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zoom RSS 隅田川を渡りながら、こう考えた

<<   作成日時 : 2018/05/17 17:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 23 / トラックバック 0 / コメント 4


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遠くない時期、それが半年か一年か二年先かわからないが、この小さな町の一角に住むことになるとイメージすると、どうにも気が進まない。

都心の一等地でありながら、典型的なこの下町では、向こう三軒両隣との付き合いが欠かせず、それが正直、煩わしくもある。
おかずを少し余分に作り、それをお裾分けするのは当然のことで、事実、「ちょっとお皿出して」と、鍋ごと持って来るご近所さんもいらっしゃる。

数日留守にすれば、その間の新聞や郵便物を預かってくれるし、玄関前の掃除や植木の水やりなども頼まずともやってくださるのはありがたい。

ごく狭い範囲のご近所には、ばあさんの息子、で通っていても、しかしそれらもばあさんが暮らしているからこその向こう三軒両隣の付き合いでしかない。
この歳になると新しい人間関係の構築も面倒でしかなく、気が進まないわけはこの部分にある。

画像この土地はばあさんの家であり、亡母の実家であって、私の実家ではない。

ばあさんはあくまで私の叔母であって、しかしそれが諸般の事情によって、二十数年前から私は姓を変更して戸籍上、ばあさんの養子になったに過ぎない。

だから寝泊まりするようになったのはここ二年前くらいからであって、私は月島生まれの深川育ちである。
(本籍は姓を改めた時点で、月島から、この「実家」になった)

他人様にプライバシーを晒しても、興味どころか関心もないのを承知で書いているが、さて、ばあさんが逝ってしまったら、どこで暮らすかが深刻な問題になる。

私には自宅があり、家を二軒維持するほどの余裕はない。
当然どちらかを処分し、どちらかで暮らさなければならないわけだが、この「実家」は先祖代々(江戸時代)からの土地であり家(築百数十年のボロ屋)でもあるので、私が相続したとて、結局は私の代で途絶えてしまう。

と、橋の欄干にもたれて埒のあかない考えを巡らせていると、やっとばあさんが追いついた。

一年前はこの橋を車椅子で渡った。

やがて川岸の遊歩道で骨折後のリハビリを繰り返し、車椅子を押しながらの歩行訓練、少し良くなってからは毎日、手摺りにつかまりながら、今日は十歩、翌日は二十歩と努力を重ね、やがて自力歩行が可能になった。

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半年後には完全復活を遂げて、杖も使わずにこの橋を渡れるまでになった。
橋を渡った対岸には病院があって、そこまで、手を貸さずに見守っていると、自宅から23分で病院に着いた。
(ちなみに私の足では、のんびり歩いて15分)

ところがまた半年経った現在、23分が30分以上を費やすようになった。
筋力の低下と、より慎重になったことが原因だが、たった半年でここまで衰えるかと、驚きと落胆、そして寂しさを覚える。

だからこそ、「遠くない時期」に心が微振動する。
私が死んだら郵便局に幾らあるからね、と言われても、それはそこそこの大金であるにしても、煩雑な手続きと遺品整理、そして近所付き合いなどに思いを巡らせれば憂鬱でしかない。

今のうちに家の名義変更をしておこう、などの話も出たが、そんなことよりもっと健康維持を心掛けてくれと、こちらからその手の話題を避けて来た。

あんたが財産なんてビタ一文残さないでいいよって言ってくれたから、勝手に浪費してるよ、と言いながら、あと二日待てばスーパーの牛乳や野菜の特売日だから今日明日は我慢しようと、10円20円の節約を心掛けている。

ばあさんの申告もやっているので収入は把握しているが、数社の端株で年間二万や三万程度の配当収入は、後の解約手続きなどを考えると、これまた面倒である。


又従兄弟がいる。
男二人の兄弟である。

彼らの母親(ばあさんの従姉)が逝った時は、何はともあれと預金口座が封鎖される前に手分けして数日間、口座から預金を下ろし、その手際に感心したものだが、こちらはばあさんが逝ったならすぐに葬儀の準備に忙殺され、郵便局に幾ら残っていようが、株の売却にしても何にしても、すべて後手に回ってしまうのは仕方ないと、すでに諦めている。

画像祖母(ばあさんの母親)は96歳まで生きた。
だからその年齢まで生きることがノルマだよと、ずっと耳に垂らし込んでいるが、当人からは、冗談じゃない、とやや悲観的な発言も出る。

これは今年の3月3日に同じ町内の親友が動脈瘤破裂でポックリ逝ったからで、しかしまだ実感が湧かないと言う。

ならば自分が逝くイメージに現実感がないのも仕方ないことだし、それ以前に、ばあさんの交友関係も知らず、ご近所に、いざという時に信頼できる人もおらず(ばあさんの発言)、逝ってしまった瞬間から私は呆然と立ち尽くすしかない事実に直面することになる。

亡くなった祖母から頻繁に聞かされていた「○○子を頼んだよ」の台詞は、兄とともにしっかり受け止めた。

しかしその兄も二十年前に逝ってしまい、様々な処理を私独りでやることになる。

財産や債務は相続人である私が引き継ぐことになる。
しかし面倒なことに、もう二十年近くも連絡を取り合っていない甥が二人(既婚、未婚もわからず、もちろん居住地も不明)いて、三親等だからばあさんの相続人に該当する。

ならば遺産分割協議書を作成する必要も出るだろうし、それが不可能であれば、甥たち(二人とも40代)には裁判を起こす権利もある。

遺留分の減殺請求は、遺言や贈与などの被相続人が行った行為に相続人が不満がある場合に行われるわけで、相続人の間の自由意志によって分割を決める遺産分割協議が賢明かもしれない。

すでに交流のない甥たちだって、その時になれば相続の権利を行使したくなるだろうし、だとしたら叔父として気前よく彼らにすべてを相続させても一向に構わない。
私がばあさんのわずかな遺産を当てにするようになったら、即、人間やめる。

どんな時代でも、お金は骨肉の争いの種になるものだ。
相続だ裁判だと、もうそんなことで心の平穏を乱されたくはない。
相続権をすべて放棄することで安寧が保てるなら、こちらは大歓迎である。

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と、ここまで悲観的なことばかりを並べたてたが、数週間前に旅行へ行った折に、エンディングノートや終活についてじっくり話をした。

本来ならば私も一緒にノートを作成すればいいのだが、よく理解してくれて、葬儀の希望、お坊さんへのお布施から納骨へ至るまでの段取り、そして各種書類の対処まで、質問形式で問うてくれれば、わかるすべてのことを教えてくれると言う。

直近の記憶がやや斑になる傾向はあっても、まだ今の内ならば大丈夫、間に合った、の安堵感を得た。
あまりストレートに葬儀の形式や段取りなどを聴取するのも生々しいので、これから時間をかけて聞き込むことにする。

前夜、数年振りに読み返した漱石の「草枕」が胸に響いた。

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死ぬべき条件が具わらぬ先に、死ぬる事実のみが、ありありと、確かめらるるときに、南無阿弥陀仏と回向をする声が出るくらいなら、その声でおういおういと、半ばあの世へ足を踏み込んだものを、無理にも呼び返したくなる。

仮りの眠りから、いつの間とも心づかぬうちに、永い眠りに移る本人には、呼び返される方が、切れかかった煩悩の綱をむやみに引かるるようで苦しいかも知れぬ。

慈悲だから、呼んでくれるな、穏かに寝かしてくれと思うかも知れぬ。
それでも、われわれは呼び返したくなる。



去年断られた造影CT検査が、今年は可能になった。
それだけ血液検査の数値が良かったからなのだが、身近で見ている限りでは、ノルマの96歳は厳しいように思える。

結果は来週に出る。
今後、どのような経過をたどり、どこで暮らすかは結局のところ成り行きに任せるしかないが、ご近所のお付き合いは、もっと積極的に行おうと思う。


人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。

喜びの深きとき憂いよいよ深く、楽みの大いなるほど苦しみも大きい。
これを切り放そうとすると身が持てぬ。
片づけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖えれば寝る間も心配だろう。
恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。
閣僚の肩は数百万人の足を支えている。
背中には重い天下がおぶさっている。
うまい物も食わねば惜しい。
少し食えば飽き足らぬ。
存分食えばあとが不愉快だ。



私の性格上、閣僚の肩は数百万人の足を支えている。背中には重い天下がおぶさっている に反応してしまうが、今回はそのようなつもりで書き進めたわけではないので、敢えてスルーを決め込む。


以下はおまけ。
この歳になって、漱石の文明批評と美文に、改めてため息が出た。

汽車ほど二十世紀の文明を代表するものはあるまい。何百と云う人間を同じ箱へ詰めて轟と通る。情け容赦はない。詰め込まれた人間は皆同程度の速力で、同一の停車場へとまってそうして、同様に蒸滊の恩沢に浴さねばならぬ。人は汽車へ乗ると云う。余は積み込まれると云う。人は汽車で行くと云う。余は運搬されると云う。汽車ほど個性を軽蔑したものはない。文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付けようとする。一人前何坪何合かの地面を与えて、この地面のうちでは寝るとも起きるとも勝手にせよと云うのが現今の文明である。同時にこの何坪何合の周囲に鉄柵を設けて、これよりさきへは一歩も出てはならぬぞと威嚇すのが現今の文明である。何坪何合のうちで自由をほしいままにしたものが、この鉄柵外にも自由をほしいままにしたくなるのは自然の勢いである。憐むべき文明の国民は日夜にこの鉄柵に噛みついて咆哮している。文明は個人に自由を与えて虎のごとく猛からしめたる後、これを檻穽の内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。この平和は真の平和ではない。動物園の虎が見物人を睨めて、寝転んでいると同様な平和である。檻の鉄棒が一本でも抜けたら――世はめちゃめちゃになる。

他にも納得の一節がある。

死ぬばかりが国家のためではない。わしもまだ二三年は生きるつもりじゃ。まだ逢える。

まったく、その通りの世の中である。


往復、タクシーで楽をしようと密かに考えていたが、ばあさんは自ら帰りも徒歩を選択して橋を渡った。
立派な89歳である。


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   5歳まで暮らした月島。
   「もんじゃ」依存は相変わらず。

   ブログが愚痴の捨て所なのです。

   私事を長々と済みませんでした。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ばあさんとは、おばさんのことだったんですね。

戸籍上の養子になったのなら、仮に血縁上 赤の他人だったとしても実子と同じ相続権があります。
「三親等離れた甥」がばあさんの実子であるか、ばあさんの養子になっているのでなければ、郵便局も法務局も時雨亭さんのハンコだけで前へ進みます。
ちなみに、宅地建物は、自宅の用に供しているか(相続人と被相続人がその家に同居しているか)で相続税の額が違います。自宅で同居が安い。
住民票だけでも移しておくのが宜しいかと思います。
ひま爺イヴ
2018/05/17 23:54
 貴重なご教示、ありがとうございます。
たまには包み隠さずプライベートを書いてみるものだと思いました。ネット上だけでしか存じ上げない方なのに、そのアドバイスで有益な知識を得られるのは貴重な体験です。参考にしてこれからの生き方を構築して行きます。
 妻も別に自宅を所有していまして、それらを総合的に判断しながら実家をどうするか決めようと思います。妻は下町なら駄菓子屋をやりたいとの希望があり、友人の一人は居酒屋をやれとけしかけます。小銭の計算は面倒だし食品ロスも嫌なので、江戸小物などの雑貨を置いてちまちま小商いでもと夢想しているところです。休日平日関係なく、下町散歩を楽しむ人たちが途切れることなく町内を闊歩しています。理想は、冬ならば火鉢にあたりながら店番、夏は扇子や団扇、江戸風鈴などを並べよう、というところでしょうか。その前にボロ屋を何とかしないと無理ですが、老後の夢だけは持ち続けています。ありがとうございました。
時雨亭
2018/05/18 01:07
 ひま爺さんが仰るように、法律って凄いですよ。笑。そして相続税も以前よりぐっと重くなっています。悲しむ暇もないくらい目の前の現実に追われてしまいます。出来ることは生前にやっておくと節税になりますよ。そこは感情抜きで淡々と。。。たかがお金、されどお金ですから。笑。かつて農地を相続したのですが、これはお笑いでした。売った金額の四割は小作の人に行き、二割は税金、その他諸々で一割。手元には三割しか残りません。その上、厄介な問題が山積みでしたので、くたびれもうけでした。それでもお金は有難いものですね。





















































美代子
2018/05/18 04:24
 ばあさんがたまに気まぐれ心を出して小遣いをくれようとします。(笑)。わずかな年金暮らしを承知しているので「紙は燃えるから要らないよ〜」と笑って断ります。でも自らオレオレ詐欺に飛び込むようで心配になります。日本は社会主義国なので、国家優先で庶民から搾取することばかり考えますね。今月は自動車税が痛いです。
 私も偉い人になって、頻繁に妻を外国旅行に連れて行きたかったです。総理と総理経験者の乗った泥舟は呉越同舟で間もなく沈むでしょう。片方はべらんめえ口調の上から目線の悪代官風情、もう片方もお坊ちゃま上がりのボンボン。それがずいぶんしたたかになったものです。長期政権を一概に悪いとは言いませんが、あの人たちが長く居座ると、やはり腐敗と驕りの温床になるんですね。(怒) 今回は行間を読むのに苦労しました。(爆笑)
時雨亭
2018/05/18 19:51

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