時雨亭往還

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zoom RSS 死に際と往生際

<<   作成日時 : 2018/03/06 23:00   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 17 / トラックバック 0 / コメント 4


話は3月3日の雛祭りの日にさかのぼる。

その日の午後、実家へ行くと、ばあさんは午前中に二階の物干し場で転んだらしく、その時に打った左の腕を擦りむき、かなりの出血。

血液がサラサラになる薬を服用しているから、出血が止まりにくいのはある程度は仕方ないのだろうが、シャツが血だらけになっていた。
指摘されて、あら本当だ、とはお気楽である。

痛みで気づくだろうと思うのは健康な人の言い分で、その健康体なら気づかない程度の擦過傷のような状態と判断できる。

最近は外出しても慎重に歩くから転ぶことはなくなった。
ところが90年近くも住み慣れた我が家では油断するのだろう。

元来のおっちょこちょいで、これは家系でお家芸のようなものだから諦めてはいるが、外とは違い、自宅では慣れで注意が散漫というかおろそかになる。

高齢者の自宅での事故件数が多いのも周知のこと。
慣れた環境にこそ危険が潜んでいることを改めて認識した。

消毒などの手当てをしていると、ばあさんの友人(昭和5年生まれ)から電話。
ばあさんが仲良くしている親友ともいうべき幼なじみの老婆が急死したとの報せだった。

午前2時頃のことだったらしい。
年齢はうちのばあさんより年少で昭和10年生まれ。

電話をくれた友人は、朝、電話した時はいつもと変わらぬように、ごく普通に他愛もない会話をしたとのこと。
親友の弟(こちらも高齢者)が気づいた時には、口から泡を吹いて、すでにこと切れていたらしい。

それでも救急車を呼び(狭い町内なのに、うちのばあさんはサイレンを聞いていない)、すぐに聖路加病院へ。
そこで正式に死亡が確認された。
死因、心不全。

遺体は警察に回されて解剖された。
誰も見ていないので、死体解剖保存法8条に基づく行政解剖ではなく、犯罪の可能性を疑う司法解剖扱いになったようだ。

何事もなく遺体は戻って来た。
正式な死因は、大動脈瘤破裂とされた。

大動脈瘤破裂といっても、脳であればくも膜出血、他にも胸部や腹部の破裂も考えられる。
考えたところで今となっては死の事実を受け止めるしかなく、これこそが突然死なのだ。

ポックリ逝くのは誰もの願いで、そんな信仰も盛んだが、本人は長患いで周囲に迷惑をかけることなく潔く、死に至る病ならば、苦しまず痛みもなく、可及的速やかに召されることを望むのが世の常。

ところが周囲、特に近親者はそれでは困る。
事前にエンディングノートや遺言書でも作成してくれていれば、突然の悲しみの中にあっても、ある程度の対応は可能で、預貯金などがあれば、封鎖される前に対処できるし、もし多額の負債が見つかれば相続放棄だって可能だ。

今回はそこまで大袈裟ではなく、事件性もなく、淡々と事は進んで行く。
敬老会の会長だった女性だから、何人もの人が駆けつけて葬儀一切の手配を済ませ、そこはさすがに高齢者集団は場数や経験豊富と恐れ入る。

当然、目前のお茶飲み会も中止。
おまけに、来月予定していた二泊の団体旅行も会長を失ってキャンセルとなった。
当然であろう。

さて、うちのばあさんである。
幼なじみの突然死はかなりショックのはずで、自分の往生際に思いを巡らせ、重ねているように見える。

お兄ちゃん、よくやってるね、などと頻繁に声を掛けて貰っていたので、私は私なりの動揺がある。
ばあさんは推して知るべし。

同じ心不全の持病を抱えているので、我が身に置換しているのだろうことはこちらが想像するまでもない。
良寛さんは「死ぬる時節には死ぬがよく候」と、死に際の心構えや生命ある生き物の道理を書き遺したが、ばあさんの親友は雛祭りの日に逝ったことで、しばらくは誰もの記憶にとどまるのだろう。

そして今日、ばあさんの付き添いでクリニックへ行くと、今までの倍の心臓の薬を処方された。
介助から介護へ移行する前に心不全で逝かれては困る。

葬式用の写真を撮ってくれと10年前くらいから頼まれていて、ああそのうちにね、と生返事を繰り返していたが、よし、写真撮るぞ、とは言い出せなくなった。

ばあさんも「死」をかなり身近に感じているらしく、写真のしゃの字も口にしなくなった。
死を考えることは残り少ない生を考えることでもあり、身内にしてみればポックリ逝かれるよりは、ジタバタと見苦しい往生際を晒してくれた方が救われる。

画像

街は何事もなかったように、静かに更ける。
実際に、何ひとつ、この街で非日常の出来事は起きていないのだ。

今日の午後に納棺を終え、明日が通夜、明後日告別式。

ばあさんの様子を見ながらだが、大丈夫そうならば、私は例年通り、3.11に合わせて仙台からお誘いを頂いているので、二泊か三泊して来る予定。

ブログの管理は友人に頼んで任せますが、もしコメントを頂戴してもわたしからのリプは余程のことがない限りしませんので悪しからず。

普段から私を快く思っていない人は「ナイス」をつけるでしょうか。

いくつナイスがつくか、これはこれで帰って確認するのが興味深くもあります。

ということで、今回ばかりは諸般の事情が重なり、次回の更新まで一週間から十日は途切れます。
そんなこんなで、ここ数日はバタバタしております。

唐突に出て来たスポーツ界のパワハラ問題で、財務省決裁文書偽造問題についてのゼロ解答は吹っ飛び、現内閣には天恵となったタイミングが本当に不自然…。
アッパレな戦略と往生際の瀬戸際である。

しかし私の東北訪問の意思は吹っ飛ばないだろうが、おそらく今年が最後か。
強いリクエストが再度あったので、安穏に暮らす中央(東京を中心とした不遜な思考)の意識(欠如した危機感)を、講演という名目の、漫談とも雑談ともつかぬ無駄話とディスカッションで今年も伝え、おそらく様々な意見が出るだろうその思いを、大切に東京へ持ち帰りたい。
では。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
拙ブログへの気持玉、ありがとうございました。
>葬式用の写真を撮ってくれと10年前くらいから頼まれていて、ああそのうちにね、と生返事を繰り返していたが、よし、写真撮るぞ、とは言い出せなくなった。

カメラコレクターの私が宝物のライカM3にフィルムを入れて悦に入っている時に撮った写真を亡き母の遺影にしました。息子が機嫌よくしている様子を眺める母の表情がニコニコとしていて一番幸せそうだったので・・・。

自分が悲観的にならずに機嫌よく生きることで、周囲の人間も幸福になる・・・そんなことに気付いた時にはもう周囲には誰も居なくなっていて、私一人なんですけどね。 f(^-^)
ありぎりす
2018/03/07 14:18
ありぎりすさん、こんにちは。
私が書くとすればおそらく三倍になるだろうこと言いたいことを、簡潔に書き進めていらっしゃる文章と内容に、その通り! と勝手に溜飲を下げ、拍手しております。しばらくサイレント読者を続けていましたが、我が意を得たりと思わず気持玉を残させて頂きました。私は日和った軟弱者ですが、これからもずっとシンパシーを持って拝見させて頂こうと思っております。これからも一層の敬意と期待を込めて…。
時雨亭
2018/03/08 05:40
お話の流れでお約束の「ナイス」をいれました。
ゴメンナサイ。

ひらひらのおばあさまと腕をこじ開けける妻に恵まれた時雨亭さん。
ボクより一回り若いとお察ししましたが、深〜い人生を歩んでらっしゃったのでしょうか。

あなたの人生に興味をそそられます。
これからもヨロシク。
ひま爺イヴ
2018/03/10 12:30
時雨亭のおやぢは今朝東北へ向かいました。
おやぢ不在でブログの留守を預かるエミと申します。
以前は時雨亭亭主(中年漂流記)の留守中の管理は、
亡き親友Bの拾碌氏が務めておりましたが、
今回は私に一任されてしまいました。(:_;)

今連絡したら、丁度仙台に到着したところで、
『もっとナイスが入ると思ったんだけどなぁ』
と残念そうでした。
リンク付きのナイス三つか四つ程度予想していたようで、
『あはは、それこそナイスだ』
と喜んでいました。

おやぢは私の介護職の師匠でして、
ホントに頼りにも尊敬も出来る最高のボスです。

後ほど記事を1本アップするそうです。
エミ
2018/03/10 14:51

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