時雨亭往還

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zoom RSS 昔よりこそ春は待たれし

<<   作成日時 : 2018/03/30 19:30   >>

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江戸中期、賀茂真淵の門人は数多くいた。
その中でも県門三才女といわれたのが、油谷倭文子(ゆたにしずこ)、土岐筑波子(ときつくばこ)、鵜殿余野子(うどのよのこ)の三人。


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三才女とは元々、紀貫之の娘・伊勢大輔・小式部内侍を指す、いわゆる和歌に優れた女性のことだが、これに倣っていつしかそう呼ばれるようになった。

国学の門流を県門と称したのであって、門下生の略と考えればよい。
その門下生の中でも、高名な弟子として特に優れた女性だった油谷倭文子の歌が可愛らしい。


 花の色に心もそめぬうなゐ児の昔よりこそ春は待たれし


この歌には長い詞書がある。


いつにかありけむ、をみなともだちの、花うぐひすの無き処には春もいたずらならむやなど、よしなしごとをいふに


歌意は単純だ。
子供の頃は、大人が言うほど花が綺麗とは思わなかったけれど、春が来るのは待ち遠しかった、くらいの意味で、いかにも思春期の娘らしい感情である。

もっと素直に詠めばとも思うが、そこは何かとムズカシイお年頃。
春が待ち遠しかった心情には、早く大人になりたい、早く美しい女性になりたい、の内に秘めた想いが含まれていることに気づく。


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倭文子は江戸京橋弓町の商人、油谷平右衛門の娘で、享保18年(1733)に生まれている。
両国の花火大会が始まった年である。

しかし未婚のまま、宝暦2年(1752)に夭折した。
短命は才女が背負う宿命のような気もするが、倭文子が逝って120年後に、やはり短命だった一葉女史が生まれている。

わずか数え年20年の短い人生を生き急ぎ過ぎたのかと、倭文子の歌を鑑賞しながら、ヤバいキモいしか言えない日本人の語彙不足に想いを馳せて嘆息した。


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今年が桜の見納めだろうか。
来年もまた桜咲く季節を迎えられるのだろうかと、見えない未来を透視しようと真剣になっている。


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自然(人の手によって造られたものでも)の中に五体投地し、自然界への絶対的な帰依を希う意識が常に存在している。

昔よりこそ春は待たれし…。

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