時雨亭往還

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zoom RSS 東雲の空と朝ぼらけ

<<   作成日時 : 2018/01/02 07:30   >>

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一月二日が明けようとしている東雲の空。
初日の出を逃してしまったので、今からの数分間が私の初日の出タイム。


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横たわる二筋の雲が気になるが、雲に邪魔されず朝日を遥拝したい。
シチュエーションは少し違うものの、藤原定家の歌が浮かぶ。


 春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空    定家


定家といえば、古文の授業では必ずといっていいほどこの歌が出る。
単純な歌で、歌意もどうということはないのだが、新古今集の研究家としても知られる川田順がベタ褒めしたのは印象的だった。


 平安朝時代の貴族的和歌が辿り辿った道の最高峰に登りつめたのがこの一首であり、この一首を残して他の何万首は隠滅し去っても平安朝和歌の存在理由は確実である。実にこの歌は和歌史上、柿本人麻呂の傑作と拮抗すべきものである。


どうということのない歌と思うのは読み込み不足か、そもそも読解力の欠如なのだろう。
数ある定家の歌の中でも代表的な一首なのに、定家ファンとして情けないことである。

わからないのは作者の心情がどこにも表れていないからで、そんな特徴こそが新古今集の典型なのだが、「春の夜の夢」はわかるが、続く「浮橋」は板切れを並べた仮橋であって、仮橋が途絶えたのは夢が途絶えたと、ストレートに解釈するしかない。

そして下の句では唐突に、峰にかかった横雲が割れて分かれようとしている、といわれても、ああそうですかと、上の句との関連もわからず、とにかくテストに備えて暗記するだけだった。

押し付けで教わった高校の古文を卒業し、以後さまざまな和歌に出合うと、定家の歌が、実は本歌取りだったことを知った。
「古今集」の壬生忠岑(ただみね)の歌である。


 風吹けば峰にわかるる白雲の絶えてつれなき君が心か    忠岑


これならば訳さなくてもわかる。
同時に、定家の歌も何とか理解できた気になった。

定家は、読者が忠岑の歌を知っていることを前提として作っていた。
パクリではなく、堂々と本歌取りだよと宣言して、「こんな歌詠んだんですけど」と提示したのだ。

読み手にも勉強や教養が必須になる。
私に教養があるわけではなく、たまたま参考書にこの記述があったので知っただけである。

本歌は恋歌だが、定家の歌は春テイストに変わっている。
その部分がわかれば、定家の本歌取りも、そこはかとなく理解できたつもりになった。

壬生忠岑の本歌だけではなく、定家は「文選・高唐賦」の漢詩も抑えていた。


 妾(しょう)巫山(ふざん)の陽
 高丘の阻に在り
 旦(あした)には朝雲と為(な)り
 暮れには行雨(こうう)と為る
 朝朝暮暮
 陽台の下にす



ざっくり一行で説明すると、朝には雲となり、夕暮れには雨となった、ということ。
夢の中で美女と契る「朝雲暮雨」の故事として知られている。


 旅の空知らぬ仮寝にたち別れ朝の雲の形見だになし    定家


ここまで読むと「横雲の空」が、明け染める東雲の空の情景とわかるし、「春の夜の夢」の歌の技巧の見事さも理解できるようになる。
だんだんわかって来た。

一方、源氏物語最終巻の「夢の浮橋」も念頭に置いていたことがわかる。


 世の中は夢のわたりの浮橋かうち渡りつつ物をこそ思へ    出典未詳古歌


これは引歌で、直接に定家の歌とは結びつかないが、「古今集」、「文選・高唐賦」、「源氏物語」などが複合された歌と知り、その教養の深さにも驚かされる。

やがて定家の歌が大好きになった。
大学一年の夏のことである。


雲を上下に割って日が昇った。
合掌、遥拝。

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続いて朝ぼらけの和歌について書くつもりだったが、ここまでずいぶん長くなってしまったので、いずれ機会があれば。

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